台湾:台湾の営業秘密法(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 德地屋 圭 治
台湾においては、企業の営業秘密の保護のため、営業秘密法が制定されているが、最近の事例等を踏まえ、台湾に進出する日系企業が留意すべき点について、以下に紹介する。
1 営業秘密法による営業秘密保護
⑴ 営業秘密の定義
営業秘密法においては、以下のとおり、同法の対象となる営業秘密が定義されている(第1条)。
本法でいう営業秘密とは、方法、技術、工程、公式、プログラム、設計又はその他の生産、販売又は経営に用いることができる情報であって、以下の要件に該当するものをいう。
- ①(非公知性)その種の情報に関連する人が一般的に知っているものでないこと
- ②(経済価値)その秘密性により、実際の又は潜在的な経済的価値を有すること
- ③(秘密管理性)所有者が合理的な秘密保持措置を採っていること
これらの営業秘密の定義に該当するための要件は、日本の不正競争防止法上の営業秘密の要件と比べ、若干の違いはあるが、概ね同趣旨のものである。このうち、①非公知性及び③秘密管理性については、その該当性が問題になることが少なくないので、これらについて、以下に若干の問題点等を紹介する。
- ① 非公知性について
- 台湾においては、営業秘密法上の営業秘密の要件の一つである①非公知性への該当性の検討に当たっては、商業性営業秘密と技術性営業秘密とに分けて論じられている。商業性営業秘密とは、顧客名簿、販売価格、原価情報、コスト分析などが含まれ、技術性営業秘密には、特定の産業における研究開発や技術創出に関連する方法や技術、工程、公式などが含まれるとされる(台湾経済部知的財産局2019「営業秘密保護実務の手引2.0」(「手引」)5頁)。
- このような商業性営業秘密や技術性営業秘密のうち、①非公知性への該当性が比較的問題となり易い例としては、商業性営業秘密の一つである顧客名簿が挙げられる。顧客名簿には、顧客名称、住所、連絡先などの情報が記載されているもののほか、顧客の趣向、特別な要求、関連の背景などが書かれているものもありうる。顧客名簿は、台湾においては、①非公知性が問題にされることが多く、公開領域から取得できるようなものは保護の対象になる顧客名簿ではないとされている(手引6頁)。
- ③ 秘密管理性について
- さらに、営業秘密法上の営業秘密として保護を受けるには、所有者において合理的な秘密保持措置を採り、③秘密管理性を満たす必要がある。手引によれば、合理的な秘密保持措置とは、営業秘密の所有者が主観的に秘密保護の意思を有し、客観的に秘密保護の積極的作為をとり、人をして当該情報を秘密として保護を行う(所有者の)意思を認識させるものとされている(手引9頁)(なお、日本の不正競争防止法上の秘密管理性の要件に関しては、経済産業省の営業秘密管理指針において、秘密保護措置により情報に接する従業員等に秘密であることを明確化し、その予見可能性を確保することが強調されているが、台湾における上述の考え方も概ね類似の趣旨と思われる。)。
合理的な秘密保持措置の程度については、一滴の水も漏らさないような完璧なものである必要はなく、企業がそのリソースや情報の性質に応じて、社会において通常可能な方法や技術を用いて、簡単に接触されない方式でコントロールすれば、「合理的な秘密保持措置」の要求に合致するとされる(手引10頁)。
このような合理的な秘密保持措置として企業が取りうる対応について、手引に詳細に紹介されている。当該手引においては、経済産業省の営業秘密管理指針と同様、資料に秘密であることの表示や電子媒体へのパスワード設定などが言及されているほか、より広く、企業としての秘密管理のマネジメントのあり方(秘密管理の組織、人員などの計画を立て、PDCA(P計画、D実施、C検証、A修正)のステップで実施状況を管理する等)が推奨されている。台湾進出企業においては、参考にすることが望ましい。
⑵ 営業秘密の侵害と民事責任
営業秘密法第10条によると、以下の場合が営業秘密の侵害とされている。
- ① 不正当な方法で営業秘密を取得した場合
- ② ①の営業秘密であることを知り又は重大な過失で知らずに、取得、使用又は漏洩した場合
- ③ 営業秘密を取得後に、①の営業秘密であることを知り又は重大な過失で知らずに、使用又は漏洩した場合
- ④ 法律行為により営業秘密を取得し、不正当な方法により使用又は漏洩した場合
- ⑤ 法令により営業秘密の守秘義務があり、これを使用し又は理由なく漏洩した場合
ここで「不正当な方法」とは、窃盗、詐欺、脅迫、賄賂、無断複製、守秘義務違反、他人に対する守秘義務違反の誘引又はその他の類似の方法をいうとされている。
これらによると、営業秘密の侵害を構成する行為としては、①不正当な方法での営業秘密取得行為、②①の営業秘密であることを知るなどしながら営業秘密を取得、使用等する行為、③取得後に①の営業秘密を知るなどした後に営業秘密を使用等する行為、④営業秘密所有者から適法に提供を受けた者による不正当な使用等行為について、営業秘密の侵害とするものである。日本の不正競争防止法と比べると、営業秘密侵害品の譲渡等については、営業秘密侵害とはされていない点は異なるが、概ね類似の内容となっている。
営業秘密法上、上記の営業秘密の侵害により損害を被る恐れのある企業は、その侵害行為の差し止めを求めることができる。また、損害を被った場合は、損害賠償請求が可能である(第11条、第12条)。さらに、営業秘密の侵害が故意による場合、裁判所は、実際の損害額の3倍までの賠償(懲罰的賠償)を命ずることができるとされる点は、日本にはない規定であり、台湾に特徴的な規定である。
(2)につづく
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(とくじや・けいじ)
長島・大野・常松法律事務所パートナー、上海オフィス一般代表。2003年東京大学法学部卒業。第二東京弁護士会所属。2011年University of California, Berkeley, School of Law卒業(LL.M.)、2013年Peking University Law School卒業(LL.M.)。豊富な海外法務の経験を有する(Zhong Lun、Lee and Liで研修)。
M&Aを中心に国内企業法務分野を取り扱うとともに、海外(中国大陸・台湾を含む)の企業の買収、海外企業との紛争解決、現地日系企業に関するコンプライアンス、危機管理・不祥事対応等企業法務全般に関して日本企業に助言を行っている。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
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