中国:上海ロックダウンとその影響、関連する法律問題(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 若 江 悠
2 工場の操業停止、操業再開に関する契約問題
上海市は、4月16日に「上海市工業企業操業再開防疫対策ガイドライン(第1版)」(その後5月3日に第2版に更新)を出すとともに、自動車、医療医薬、半導体など、操業再開を認める重要企業666社のホワイトリストを発表し、その後も条件を満たした企業について操業再開を順次認めているようである。とはいえ、上海日本商工クラブの調査(4月末実施、5月5日公表)によれば、操業許可が下りている企業は37%にすぎず、また稼働している工場についても通常の3割以下の生産にとどまっている。取引先(サプライヤー及び納入先)の稼働状況や物流の影響のほか、従業員の居住地を管轄する居民委員会の許可を得て工場に来てもらう必要があり、その上で、操業再開の前提として求められる「閉環」管理の条件、たとえば従業員を工場の敷地内にて寝泊まりさせ、PCR検査を毎日実施するなどの要件を満たすことも、本格的な稼働再開に向けたハードルになっているようである。
このような状況で、各種契約の期限通りの履行が困難となり、又は拘束力のある個別契約はないとしても重要な顧客からの供給計画に従った注文の受注ができないといった事態が発生している。暫定的に自社の中国国内や日本の他拠点での生産に切り替えたり、他のメーカーに製造委託を実施したりするなどの対応もみられるが、履行が遅滞し又は不能となる場合も生じている。
3 関連する法的問題
上海市高級人民法院は、4月、「新型コロナウイルス疫情関連案件法律適用問題のQ&Aシリーズ(2022年修正版)」を4つに分けて発表し、そのうち第三弾の(三)では契約紛争についての法律問題を整理している(なお、(一)は訴訟手続、(二)は刑法、(四)は保険など金融関係。このほか、人力資源和社会保障局と共同で労働関連についてのQ&Aも出している。)。その内容は、2020年4月から6月にわたって最高人民法院が出した「新型コロナウイルス疫情関連民事案件を適法適切に審理する若干問題指導意見」((一)から(三)まで)と基本的に整合した内容となっているが、具体的に踏み込んだ記載もある。
不可抗力については、疫情(感染拡大の状況)及び疫情対策措置は、一般的に不可抗力にあたり、これらにより契約目的が実現できないときは、民法典563条1項1号により契約解除ができるとともに、これらにより期限通りの履行ができないときは、民法典590条1項により全部又は一部の免責を主張できる。この際、因果関係の有無や免責が認められる範囲については、具体的な事実関係による総合判断、すなわち疫情の発生時期、期間、重大性及び地域が契約履行に実際に与えた影響に基づき、対策措置における三区分類(上記)の強さ、業界や紛争の種類による人員流動の制限による影響の程度等の要素を総合的に考慮して判断されるものとされた。具体例として、操業再開の遅延、隔離措置の適用、政府による徴用等により目的物の引渡義務が正常に履行できないときは、一般的に、不可抗力を理由として免除を主張できることが示された。他方、金銭支払債務については、原則として不可抗力を理由とする責任の免除又は軽減を主張できないとしつつ、期限通り支払ができない特殊な状況があるときは、不可抗力による免責の可能性があるとされた。期限通りの履行ができないとなったときは、相手方への通知、協力等の義務があり、適時に必要な措置をとり損害拡大を防止する義務がある(民法典590条、591条)。
他方、履行可能性はあるが、疫情及び疫情対策措置により契約の基礎的条件に重大な変更が生じ、これが契約締結時点では予測できないもので、かつ商業リスクには該当しないものであるときは、事情変更に該当しえ、この場合、民法典533条1項に基づき、相手方と協議を行い、合理的な期間内に合意に至らないときは、人民法院に契約の変更又は解除を請求しうるものとされた。どのような場合に契約価格若しくは履行期限の変更、又は契約の解除が認められるかは、上記司法解釈(二)に規定されている。
上記のように限定的とはいえ操業再開が認められつつある状況において、限定されたキャパシティを使って、一部の顧客に対しては期限通りの履行ができるが他の顧客に対しては履行ができないといったような場合に、後者に関して不可抗力が認められるか、代替的な措置をとる義務がどこまで認められるかなど、個別の事案に応じて複雑な問題が生じうるであろう。また、金銭債務につき、現状、銀行業務が正常通り行われておらず窓口での送金ができない(又は送金に必要な書類が作成できない。)、発票(タックス・インヴォイス。中国の実務慣行上支払の条件として発行が求められることが多い。)の発行ができず資金回収ができず資金繰りが悪化しているなどの理由で、対外的な支払に問題が生じている企業は多い。上記の通り不可抗力の認定は相当限定的であることを踏まえると、中国拠点自前での対応に限らず、増資、親子ローンその他各種手段を検討すべきであるが、そのための手続も銀行や、外貨管理局などの関連する政府窓口が閉鎖されていて実施できないなどの事情もあり、そういった事情もあわせて立証できるよう書面として記録しておく必要があろう。また、不可抗力の認定においては契約書においてどのように規定されているかももちろん重要な要素であり、既存の契約及び今後締結される契約について不可抗力条項を特に注意して確認すべきである。
4 おわりに
中国当局は、オミクロン株の特性を踏まえて濃厚接触者の隔離期間を短縮するなどの調整は随時行っているものの、ゼロコロナ戦略そのものは変更しないとのことであり、むしろ今回の上海の経験を踏まえ、他の都市では、感染拡大初期において移動制限措置を含む強い対応をとって封じ込める対応を強めているように見える。しかし、さらなる変異株の発生等により感染拡大が防ぎきれず、再度ロックダウンを強いられる事態も想定する必要があろう。日本企業としては、今回の上海ロックダウンにより生じている各種法的問題に加え、将来生じる類似の事態にも備えて、契約関係書類のレビューを含む準備が必要である。
以 上
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(わかえ・ゆう)
長島・大野・常松法律事務所パートナー。2002年 東京大学法学部卒業、2009年 Harvard Law School卒業(LL.M.、Concentration in International Finance)。2009年から2010年まで、Masuda International(New York)(現 NO&Tニューヨーク・オフィス)に勤務し、2010年から2012年までは、当事務所提携先である中倫律師事務所(北京)に勤務。 現在はNO&T東京オフィスでM&A及び一般企業法務を中心とする中国業務全般を担当するほか、日本国内外のキャピタルマーケッツ及び証券化取引も取り扱う。上海オフィス首席代表を務める。
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