中国:中国検察院による企業の法令遵守体制に対する監督の試み(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
3. 第三者監督評価制度の概要
最高人民法院は、試行作業の一環として、2021年6月3日、「事件に関係する企業の法令遵守第三者監督評価制度の確立に関する指導意見(試行)」(以下、「本指導意見」という。)を発表した。本指導意見は、犯罪に関与又は犯罪が発生した企業の法令遵守体制の改善について、第三者機関に監督及び評価を委託し、検察院はその評価結果を起訴等の事件処理の方針決定の際に参考にする制度(以下、「第三者監督評価制度」という。)を採用している[1]。
⑴ 第三者監督評価制度が適用される事件
本指導意見によると、第三者監督評価制度は、以下の条件を満たす場合に適用される(本指導意見4条[2])。
- ① 事件に関与した企業又は個人が犯罪事実を認めていること。
- ② 企業が通常の経営を行える状態であり、法令遵守体制を構築・改善する意思のあること。
- ③ 企業が第三者監督評価制度の適用を希望していること。
ただし、以下のいずれかに該当する場合については、第三者監督評価制度は適用されない(5条)。
- ① 企業が犯罪行為を目的として設立された又は犯罪の実行を主たる活動としている場合
- ② 企業の名義を借りて犯罪が行われた場合
- ③ 国家安全保障やテロに係る犯罪の場合
- ④ その他、適用することが適切ではない場合
⑵ 第三者監督評価制度の手続の流れ
- ① 第三者監督評価制度は、(i)検察院の判断、又は(ii)対象企業等の申請に基づき開始される(10条1項)。
- ② 検察院は、第三者監督評価制度の適用が適切と判断した場合、管轄地区の第三者監督管理委員会[3]に第三者監督評価制度の開始を要請する(10条2項)。
- ③ 第三者監督管理委員会は、事件の内容や対象企業の実情等を考慮の上、第三者監督機関を組成する(10条2項)。選任された第三者監督機関のメンバーについて、対象企業等は異議申立てを行うことができる(10条3項)。
- ④ 対象企業は、犯罪行為の再発防止に向けた法令遵守計画を作成し、第三者監督機関に提出する(11条)。
- ⑤ 第三者監督機関は、対象企業の提出した法令遵守計画の実現可能性、有効性を検討し、修正の提案等を行うと共に、事案の内容に応じて監督期間を決定する(12条1項)。
- ⑥ 監督期間中、第三者監督機関は、定期的に、対象会社の法令遵守計画の実施状況を監督・評価する(12条2項)。
- ⑦ 第三者監督機関は、監督期間の満了後、対象企業の法令遵守計画の達成度を総合的に評価・査定し、法令遵守監督評価書を作成して、第三者監督管理委員会及び検察院に提出する(13条)。
- ⑧ 検察院は、第三者監督機関が作成した法令遵守監督評価書及びその他の関連資料を参考にして、起訴の要否等について判断する(14条1項)。
手続の流れは以上のとおりであるが、実務上の運用に関しては未だ不明確な点も多い。例えば、第三者監督機関を構成するメンバーとしてどのような人物が選ばれるのか、監督期間としてどの程度の期間を要するのか、第三者監督機関のメンバーへの報酬を含む対象企業の費用負担の水準、最終的に起訴相当とされた場合被疑事実を認めた被疑者にとって不利益が生じないか、といった点である。現時点では、第三者監督評価制度を利用した事案は公表されていないため、今後公表されるのであろう参考事案や関連情報を注視する必要がある。
4. まとめ
企業犯罪に対する起訴猶予と法令遵守体制の改善を監督する検察院の取り組みは、試験的な施行の最中であり、実務上の運用について未だ明らかではない点が多い。もっとも、本取り組みは最高人民検察院が中心となり今後も推し進められていく予定であるため、今後も情報を収集し最新の動向を把握しつつ、中国子会社において犯罪が発生し刑事責任が問われる事態になった場合の対応方針を検討して、万が一の事態に備えることが望ましいと考えられる。
[1] 本指導意見は、試行作業の一環として試験的に施行されるものであり、現時点では検察院の裁量に基づき適用されるものであって、全ての企業犯罪事件に用いられるわけではない。
[2] 以下条文番号があるものは全て本指導意見の条文番号を指す。
[3] 第三者監督管理委員会は、最高人民検察院、国務院国有資産監督管理委員会、財政部、司法省、国家税務総局、国家市場監督管理総局等政府部門の人員により構成され、第三者監督機関のメンバー候補者の管理や、第三者監督評価制度の細則の策定や実証研究を行うことがその役割とされている。
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(すずき・あきふみ)
2005年中央大学法学部卒業。2007年慶應義塾大学法科大学院修了。2008年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年都内法律事務所入所。2015年北京大学法学院民商法学専攻修士課程修了。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2021年5月より中倫律師事務所上海オフィスに出向中。主に、日系企業の対中投資、中国における企業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、中国企業の対日投資案件、その他一般企業法務を扱っている。
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