自己株式取得・処分信託の会計上の理論的考察
―第2回 考えられる会計処理方法―
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業
弁護士・公認会計士 中 村 慎 二
連載第2回となる本稿では、自己株式取得・処分信託(本稿では、利益獲得目的とは異なる目的で発行会社の株式を取得しその後すべて処分する」類型の自益信託をいう。)の会計処理として連載第1回で紹介した方法(信託を発行会社と一体として会計処理する方法)とは異なる方法を紹介したうえで、それぞれの考え方に基づく会計処理の内容を、具体例を示しつつ考察する。
1 自己株式取得・処分信託の会計処理の総論②――信託の独立性を重視
連載第1回では、自己株式取得・処分信託の会計処理として、「信託を発行会社と一体として会計処理する方法」について述べた。しかしこの方法を明示的に要求する会計基準は存在しないため、かかる会計処理については異論も多いと思われる。そこで別の選択肢として、現行の実務対応報告第23号「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(以下「実務対応報告23号」という。)の解釈の中で自己株式取得・処分信託の会計処理方法を決定する方法が考えられる。
このようなアプローチによって会計処理を確定する場合でも、期末時点での財務諸表が連載第1回で紹介した「信託を発行会社と一体として会計処理する方法」(連載第1回の3⑶参照)を採用した場合と同一となることが適切であると考える。もっとも、そのような結論に至るためには以下に説明するように一部難しい解釈を伴うこととなる。
自己株式取得・処分信託は、発行会社を委託者兼受益者とする自益信託であるから、形式上は実務対応報告23号の「委託者兼当初受益者が単数である金銭の信託」に該当する。そこで、次のように会計処理することとなるように読める[1]。
|
しかし、実務対応報告23号において「金銭の信託」は典型的には運用目的であるとの前提で会計処理が定められている。ここで運用目的とは、一般的には、「信託財産の短期的な売買等で信託財産の価値を上昇させ、受益者に帰属させる」ことであると考えられている[2]。少なくとも、「株式需給緩衝信託Ⓡ」[3](以下「緩衝信」という。)のように(株価へのインパクトを回避しながら売却を進めるという意味で売却損の回避という要素はあるかもしれないが)運用目的以外の目的(政策保有株式の縮減や流通株式基準対策といった、いわば株式の保有構造の改善に向けた取組み)を想定したものとはなっていないと思われる[4]。
そこで、自己株式取得・処分信託は運用目的信託の類型よりも、財産管理目的の信託に近いものと考え、金銭の信託以外の信託(たとえば有価証券信託や土地信託)と同様の会計処理とするのが適切であると判断し、「委託者兼当初受益者が単数である金銭以外の信託」の類型と同様の会計処理(以下の処理)を採用する方法が考えられる[5]。
|
このような考え方は実務対応報告23号の適用上無理があるとの批判も考えられる。しかし、そもそも実務対応報告23号は信託財産が専ら発行会社株式であるような状況まで想定しないように思われるため、実務対応報告23号の「金銭の信託」の規定に必要以上に縛られる必要はないと思われる。さらに、同実務対応報告は、事業の信託について「事業の信託…に関連して、金銭の信託において事業を譲り受ける場合……が考えられる。このような場合であっても、事業の信託が設定された場合と整合的になるように、個別財務諸表上、総額法によることが適当であると考えられる。」と定めている[6]。つまり、事業の信託は、当初から事業を信託譲渡する場合だけでなく、当初の信託財産は金銭として、当該金銭を対価として事業を譲り受ける場合も考えられ、両者の信託は実態が同じであるから同様に会計処理されるべきということである[7]。これを踏まえると、当初の信託財産が金銭であればただちに実務対応報告23号上(運用目的の)「金銭の信託」として会計処理をあてはめる必要はないといえそうである。特に、緩衝信のように、形式的には「金銭の信託」であるとしてもいわゆる運用目的ではないことが明確である場合、有価証券信託(最初から発行会社の自己株式を信託譲渡した場合)と同様に会計処理されるべきと考えれば、上記のように自己株式取得・処分信託には実務対応報告23号上総額法が適用されると解釈することは可能である。
あとは期末時点での総額法の適用方法の問題、具体的には、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社自身の株式を発行会社の貸借対照表上どのように表示替えをするかの問題となるが、これについて連載第1回の3⑵に述べた実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」(企業会計基準委員会)(以下「実務対応報告30号」という。)との共通性を重視して同実務対応報告と同様の処理、つまり信託が保有する発行会社自身の株式を貸借対照表上自己株式(つまり純資産の部の控除項目)とする解釈が考えられる[8]。従業員持株ESOP信託のような「従業員を受益者とする他益信託」ですら、信託財産として保有される発行株式を自己株式として会計処理することが要請されるのであれば、発行会社との経済的結びつきのより強い自益信託である自己株式取得・処分信託においてはなおさら会計上自己株式と取扱うべきという理論構成である。したがって、実務対応報告23号の解釈の結果、総額法を適用することが妥当であると判断した場合は、基本的には期末に自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式は自己株式として取り込む(つまり純資産からの控除と扱う)という結論になると思われる。
2 自己株式取得・処分信託の会計処理の具体例
⑴ 本連載で取扱う2つの会計処理の選択肢
既に述べたように、自己株式取得・処分信託の会計処理方法としては、たとえば連載第1回3⑶で述べたように端的に信託と発行会社を一体として会計処理する方法(以下「第1法」という。)と、信託の発行会社からの独立性を重視し、上記1で述べたような実務対応報告23号の解釈に基づいて総額法を用いて会計処理する方法(以下「第2法」という。)が考えられる。もちろんこれ以外の会計処理方法も考えられるが、本連載では便宜上この第1法と第2法のみを分析対象とする。
具体的にどちらの会計処理がより実態を反映して適切であるかは純粋な会計問題のようにも思われるが、分配可能額の計算を中心とする会社法上の論点に影響を及ぼすため(連載第4回参照)、法的分析と会計処理との整合性にも注意を払う必要がある。
⑵ 設例を用いた検討
簡単な自己株式取得・処分信託の事例において上記「第1法」と「第2法」の会計処理を比較する(設例参照)。
設例
なお、本信託の決算(X2年3月末)は以下のとおりとなる。
現金預金 A社株式 諸費用 |
334 200 6 |
信託元本 A社株式売却益 |
520 20 |
この場合の会計処理としてたとえば次のようなものが考えられる。
第1法 (発行会社と信託を一体とみなす) |
第2法 (信託を独立とみなして期末に総額法) |
|
⑴ 本信託設定時 (X1年7月) |
(借) 信託預金 520 (※1) (貸) 現金預金 520 |
(借) 信託受益権 520 (※5) (貸) 現金預金 520 |
⑵ 本信託によるA社株式の取得 (X1年8月) |
(借) 自己株式(信託内) 500 (※2) (貸) 信託預金 500 |
仕訳なし |
⑶ A社の中間配当支払時 (X1年10月) |
仕訳なし (∵ 本信託株式には配当金が支払われない) |
|
⑷ 本信託におけるA社株式の売却時 (X1年11月からX2年3月) |
(借) 信託預金 320 (貸) 自己株式(信託内) 300 自己株式処分差益 20 |
仕訳なし |
⑸ A社の決算時 (X2年3月) |
(借) 信託諸費用 6 (※3) (営業外費用) (貸) 信託預金 6 |
(借) 現金預金 334 (※4) A社株式 200 諸費用 6 (貸) 信託元本 520 A社株式売却益 20 (借) 信託元本 520 (※5) (借) 自己株式 (信託内) 200 (※6) (借) A社株式売却益 20 (※7) |
(※1)「信託預金」は信託契約に定める交付時期の定めに応じて流動資産または固定資産として取扱う。
(※2) 信託内の発行会社株式は発行会社の自己株式とは法的所有の実態が異なるため、両者の帳簿価額は通算しないのが妥当と思われる(実務対応報告30号8項(4)参照)。これは、自己株式処分損益の計算結果を信託による決算と一致させるという意味でも合理的である。そのため、便宜上、日常的な会計処理では信託内の発行会社株式は発行会社の自己株式とは異なる勘定科目を付しておく方法が考えられる。ただし期末の公表用貸借対照表上は、両者を区別せず(帳簿価額を合算して)自己株式として表示する。
(※3) 第1法では信託に係る諸費用は自己株式の取得および処分の付随費用と考えればよいため、営業外費用として取扱う(企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」14項参照)。なお、第2法において総額法で取り込んだ信託の諸費用も同様に営業外費用とすることが考えられる。また、日々の信託の行為を随時自身に取引とみなして会計処理することを前提とする第1法であっても信託に係る費用の計上は会計期間(事業年度または四半期会計期間)の末日で処理しても差支えないと思われる。
(※4) 総額法の会計処理を行う。便宜上、まず信託の決算をそのまま発行会社が取り込む処理を行っている。つまり、信託における資産および負債を発行会社の資産および負債、信託の収益・費用を発行会社の収益・費用としている。なお、この信託の会計では取得した自己株式は取得原価のまま据え置く処理をしていると仮定している(評価損益を計上しない)。
(※5) 信託設定時の会計処理方法次第となる。実務対応報告23号のQ3のAは「信託設定時に、委託者兼当初受益者において損益は計上されない」ことのみを要求しているため、損益を発生させない限り、複数の会計処理が考えられる(会計処理をしないという選択肢や、第1法と同様の処理も考えられる。さらに実務対応報告30号の設例と同様「信託口」の仮勘定によることも妨げられないと思われる。)。信託設定時に受益権を資産計上した場合、期末時には発行会社が計上している受益権勘定と信託側で計上している信託元本勘定を相殺消去する。
(※6) 発行会社自身の株式を取得したことを自己株式の取得と同様に取扱う場合に、自己株式に振り替える。この処理の妥当性については本文3参照。
(※7) (※6)の会計処理を認めるのであれば、信託が保有する発行会社株式の処分差損益を自己株式処分差損益に振り替えることが整合的。この処理の妥当性については連載第4回を参照。
3 信託による発行会社株式取得の会計処理
連載第1回2⑶で述べたように、信託による発行会社株式の取得に対して自己株式取得規制が適用または類推適用されると考えるのであれば、会計上は「株主との間の資本取引であり、会社所有者に対する会社財産の払戻しの性格を有する」という意味で自己株式の取得として処理することが適当である。
ここで会計上問題となるのは、発行会社の自己株式の計上をいつの時点の取引として会計処理するかである。
発行会社と信託を一体とみて会計処理する第1法を採用すると、期末を待たず、信託による発行会社株式取得の時点で(つまり発行会社株式が信託財産となった時点で)発行会社は随時自己株式を計上するのが自然である。
これに対して、信託の独立性を重視して会計処理する第2法では、実務対応報告30号との整合性を踏まえ、期末に総額法を適用し、信託に残存する自社の株式を、信託における帳簿価額(付随費用の金額を除く。)により株主資本において自己株式として計上することとなると考えられる(上記1参照)。
両者の大きな違いは、発行会社が自己株式を計上する時期の違いである。信託との一体性を強調する第1法では信託による取得と同時に自己株式を認識することとなる。これに対して、信託の独立性を重視し、実務対応報告30号との整合性を踏まえた第2法では、期末の総額法による取り込みによって自己株式が計上される。この違いは期中の分配可能額の計算に影響する可能性があるため(連載第4回参照)、採用する会計処理と分配規制に関する会社法の解釈の整合性に配慮する必要がある。
4 信託が保有する発行会社株式の処分の会計処理
連載第1回2⑹に述べたように、有力説では、緩衝信が市場で発行会社株式を売却することは可能である(会社法に違反しない)と解されている。
これを踏まえて会計処理を検討する場合、発行会社と信託の一体性を強調する第1法では、あたかも発行会社自身が自己株式を市場で売却することが適法であるかのように考えて会計処理をすればよさそうである。
企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」では、「募集株式の発行等の手続による自己株式の処分については、対価の払込期日……に認識する。」と定められている[9]。その趣旨は「募集株式の発行等の手続による自己株式の処分については、会社法上、その効力が生じるのは払込期日とされており、払込期日に認識することが適切である」ことにある[10]。そのため、自己株式取得・処分信託の場合、払込期日に相当するのは信託が株式売却代金を受領した日(売却収入金が信託財産となった日)であると考え、その日に通常の自己株式の処分と同様の会計処理を行えばよい。
これに対して、信託の独立性を強調する第2法では、独立した信託である自己株式取得・処分信託における経理上は株式売却損益が計上されると思われる。そこで、期末における総額法の適用にあたり、この株式売却損益を自己株式処分差損益(その他資本剰余金)に振り替えることになると思われる。この点に関する会計処理を定めた明文の会計基準は存在しない。また、実務対応報告30号の類推にも困難がある。他益信託である従業員持株ESOP信託では、信託における発行会社株式売却損益は受益者たる従業員に帰属するものと考え、発行会社の損益に影響させない処理(資産または負債として処理)が定められているためである[11]。しかしながら、これは他益信託という特殊性に起因した総額法における特殊処理であり、受益者の立場で正面から自益信託に対して総額法を適用する場合、信託が保有する発行会社株式を自己株式に振り替えるのであれば、信託が保有する発行会社株式の売却損益を自己株式処分差損益に振り替えることには合理性があると思われる。
上記3で検討した「信託による発行会社株式取得の会計処理」と類似するが、両者の会計処理の違いは、発行会社が自己株式処分差損益を認識する時期の違いである。ただし、連載第4回で述べるとおり、自己株式の処分は(臨時計算書類を作成しない限り)決算を経なければ分配可能額の計算上は無視されることから、上記3とは異なり、両者の会計処理の違いが分配可能額に及ぼす影響はさほど大きくないと思われる。よって、財源規制といった会社法独自の視点を加味しても、自己株式の処分との関係ではあえて信託を発行会社と一体とみなす第1法を第2法よりも強く推す理由は見当たらない。
連載第3回では、信託が保有する発行会社株式に対する配当の会計処理を取り上げる。
第3回につづく
[1] 実務対応報告23号Q1のA参照。
[2] 日本公認会計士協会会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下「金融商品会計実務指針」という。)97項および288項参照。
[3] 株式需給緩衝信託®は野村證券株式会社の登録商標であり、同信託は同社および野村信託銀行株式会社によって開発され、サービスの提供が開始されている。具体的内容は両社が公表した2022年2月14日付「株式需給緩衝信託®のサービス提供開始について」を参照。
[4] 企業が運用目的(運用益獲得目的)で自社の株式しか取得しない自益信託を設定することは考えにくいのではなかろうか。
[5] 実務対応報告23号Q3のA参照。
[6] 実務対応報告23号Q5のAの3参照。
[7] 事業の信託にのみこのような取扱いがあり、金銭の信託以外の信託に同様の定めがないのは、金銭の信託以外の信託(有価証券信託、土地信託等)は委託者が現に保有している財産の管理または処分を目的としていることが多く、金銭の信託において財産を譲り受けるという取得ビークルとして使用することがあまり想定されていなかったからにすぎないと考える。そのため、自己株式規制という特殊な事情により、金銭の信託を通して発行会社株式を取得するものの、金銭の信託以外の信託と整合的に会計処理するという解釈も十分に可能であると考える。
[8] 細かい論点ではあるが、同じ総額法といっても、従業員持株ESOP信託のような「従業員を受益者とする他益信託」に対して実務対応報告30号に基づき適用される総額法と実務対応報告23号に基づき「委託者兼当初受益者が単数である金銭以外の信託」(自益信託)に適用される総額法の意味は微妙に異なると考える。従業員持株ESOP信託(他益信託)では発行会社(ESOP信託導入企業)は受益者ではなく委託者の地位しか有しない。よってこの場合に採用される総額法は、どちらかというと信託財産を委託者にオンバランスさせるべきかオフバランスのままでよいかという論点である。これは実務対応報告23号Q6のAに定める「受益者の定めのない信託(いわゆる目的信託)における委託者」の会計処理にならったものである(実務対応報告30号27項および28項参照。)。これに対して、自益信託における総額法は受益者としての地位に紐づく会計処理である。つまり、受益者が法的に有する受益権を信託受益権という資産勘定で認識する(いわゆる純額法)か信託財産そのものを認識する(総額法)かという、受益権評価の論点ととらえることが可能である。
[9] 同適用指針5項。
[10] 同適用指針34項。
[11] 実務対応報告30号8項(2)参照。
(なかむら・しんじ)
弁護士・公認会計士/アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー
1999年東京大学法学部卒業。2000年弁護士登録、2006年公認会計士登録、2008年公認内部監査人登録、2009年米国イリノイ州公認会計士登録。2008年米国イリノイ大学会計学修士号取得、2010年CFA協会認定証券アナリスト認定。2011年7月~13年7月金融庁総務企画局(現:企画市場局)企業開示課に出向。2016年日本アクチュアリー協会正会員。
主な著作として、『新しい株式報酬制度の設計と活用――有償ストック・オプション&リストリクテッド・ストックの考え方』(中央経済社、2019)、『株式実務担当者のための会計・金商法・税法の基礎知識』(商事法務、2021)。