◇SH2442◇弁護士の就職と転職Q&A Q73「『ぜひ来て欲しい』というオファーは『来てもいいよ』に勝るか?」 西田 章(2019/04/01)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q73「『ぜひ来て欲しい』というオファーは『来てもいいよ』に勝るか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 アソシエイトから「就活をやり直したい」という相談の背景として、「現事務所のパートナーが強く誘ってくれたから、他事務所の内定を断って、現事務所を選んだが、入所後にはそのパートナーとの仕事は殆どなかった」という経緯を教えてもらいました。結婚観において「自分が好きになった人よりも、自分を好きになってくれる人と結婚するほうが幸せになれる」という説がありますが、就職・転職においても、これに類する論点が存在します。

 

1 問題の所在

 事務所を設立するボス弁には、採用に関する基本方針が異なる2通りの人種がいます。ひとつは、「攻め」タイプであり、「自分が必要とする候補者に対し、自ら積極的に声をかけて勧誘するボス弁」です。もうひとつは、「待ち」タイプであり、「採用後のキャリアを保証できるわけではないから、本人が自発的に強い意志を持って来るのを待つボス弁」です。

 転職希望者にも、「自分がイメージする理想に近い事務所に自分を売り込んで採用してもらおうとする攻めタイプ」と、「自分を必要としてくれる事務所からの声がけを待つタイプ」がいます。

 人材紹介業のうち、いわゆる「サーチ型」は、「攻め」タイプの事務所が、「待ち」タイプの候補者を勧誘するのに適した類型になります。また、転職希望者のキャリア相談からスタートすると、「攻め」タイプの候補者が、「待ち」タイプの事務所の採用選考で内定を得ることを目指したコンサルティングを行うことになります。

 紹介業をしていると、「攻め」タイプの候補者が、「攻め」タイプの事務所からのオファーを受けて迷っている、という事例に遭遇します。向上心のある転職希望者ほど、「大学受験と同じく、偏差値が高くて入りにくい事務所のほうが優れている」「単願推薦的に内定をくれるような入りやすい先は偏差値が低くて魅力が少ない」と考えがちです。ただ、「入学したら目標達成」という日本の受験戦争と異なり、「勤務開始してから、どのような経験値を積むかが勝負の分かれ目」であるキャリアにおいて、(法律事務所にも偏差値の上下があると仮定しても)偏差値が高い先に行くのが、低い先に行くよりも恵まれているかどうかはわかりません(運動部において、強豪チームの控え選手で終わるよりも、弱小チームのスターティングメンバーとして活躍するほうが経験値を積める、という経験則は、弁護士実務にも当てはまります)。

 そこで、転職先選択の意思決定において、「自分を強く勧誘してくれる」という事実をプラス評価してよいのかどうかが問題となります。

 

2 対応指針

 熱心に誘ってくれることをもって、プラス評価すべきかどうかは、(1)誘ってくれる人の立場、(2)誘ってくれている理由、(3)誘いがなければ、どうしたか(ナカリセバ)の3点で決まります。

 まず、誘ってくれているのが、事務所の代表者(ボス弁)であれば、それは大きな加点事由に位置付けられます。また、代表者でなくとも、勤務開始後に実際に仕事を振ろうとしているパートナーからの誘いであれば、加点事由となります。他方、自らは一緒に仕事をする意思がない採用担当者からの勧誘ならば、加点事由とはなりません。

 次に、誘ってくれている理由が、自分の性格、能力、経験等に着目してくれて、自分を見込んだものであるならば、加点事由になります(といっても、「このアソシエイトは従順で搾取しやすい」とか「このパートナーの顧客リストが欲しい」というのが主たる目的であれば、誘いに乗ることに伴うリスクも高まります)。他方、その事務所が、単に、言葉が軽くて、誰に対しても、無責任な勧誘文言を並べるような先ならば、その誘いは聞き流して構いません。

 そして、最終的に、誘いを受けるかどうかは、「誘いがなくても魅力的な先かどうか?」を判断しなければなりません。「強く誘ってくれること」は、その事務所に対して興味を持つためのきっかけとしては、十分です。ただ、興味を持って事務所のことを聞いた上で、なお、「よくわからない」ならば、受諾は控えるべきです。誘われていなかっとしても(ナカリセバ)、そこで働く自分の未来像を描けるかどうかは冷静に考えておく必要があります。

 

3 解説

(1) 誘ってくれる人の立場

 法律事務所のアソシエイトは、「ボス弁の扶養家族」みたいな存在です。前記のとおり、ボス弁には「攻め」タイプと「待ち」タイプがありますが、それは「アソシエイト(≒養子)を迎え入れるときのミスマッチ許容度」に程度の違いがあるだけで、いずれも、「採用したアソシエイトが活躍して事務所も発展する」というベストシナリオを頭に思い描いています。ボス弁のビジョン実現に必要なピースとして選ばれたこと自体は光栄なことであり、「その期待に応える」という目標設定も、弁護士としての職業的使命を満たす一場面となります。

 また、代表弁護士でなくとも、自らのクライアントを抱えているパートナーから、「私の仕事を君に手伝ってもらうことができたら、私はもっといい仕事をできる」と言ってもらえるのは、「クライアント=直属のパートナー」と位置付けたアソシエイトとしての成長の機会として捉えることができます。

 これらと異なり、法律事務所の採用担当者が、採用担当の業務の一環として、(自らは一緒に仕事をする予定も意思もないのに)熱心に誘ってくれることがあります。それには「採用予定数に足りる内定者を確保したい」「経歴的にそれなりに見栄えがいい候補者であればこの候補者でなくとも構わない」という意図が伺われますので、その勧誘文言は(失礼がない程度に)適当に聞き流して社交辞令で返せばよいと思います。

(2) 誘ってくれている理由

 候補者を熱心に誘う人には、2類型があります。ひとつは「単に言葉が軽くて、誰を勧誘するときでも、無責任に熱い言葉を発する人の場合」であり、もうひとつは「候補者の個性に着目して、この候補者に事務所に参加してもらいたいと心底期待している場合」です。

 言葉が軽い人からの勧誘はノーカウントですが、「自分の個性に着目してくれている」というのは、その着眼点が、自分にとって前向きに捉えられるものかどうかで評価が分かれます。

 営業力があるボス弁やパートナーの中には、パワハラ的にアソシエイトを酷使する人も含まれています。過去にもアソシエイトを使い倒して来たパートナーは「優秀なアソシエイトの中で、誰が従順で使いやすいか?」という目利き力を磨いてきています。自分の個性(隷属性)を見込まれて勧誘されているとしたら、勤務開始後には不幸な日々が待っている可能性が高いので、その勧誘に乗ることはお勧めできません。また、シニアクラスのパートナーを勧誘する場合でも、「そのパートナーのクライアントリストと接点が欲しいだけであり、そのパートナーの人柄を信頼してメンバーに迎え入れたいわけではない」ということが推認される事案も散見されます。

(3) 勧誘ナカリセバ

 ボス弁又はパートナーから誘ってもらえることは、自分に対する高評価に基づくものであり、基本的にはありがたいことですので、進路選択において、加点事由としてカウントできます。しかし、実際に勤務開始後にミスマッチが発覚した際に、「誘われたから来たのに、フタを開けてみたら話が違う」「騙された」と言ってみたところで、移籍を遡及的に取り消すことはできません。受け身であったとしても、キャリア選択は自己責任ですので、「強く誘われていなかったとしても、この事務所に移籍して仕事を続けたいという判断ができるかどうか?」は冷静に判断しておく必要があります。

 勧誘されているときは、ボス弁やパートナーから、過去の経緯、現在の財政状況、今後の事業展開や経営方針についての情報提供を求める絶好の機会です(事柄によっては、事務所で勤務を開始した後よりも話を聴き出しやすいこともあります)。事務所側が、通常であれば自らは積極的に開示したくない事項(過去の分裂や退職者の話を含めて)について、どこまでの情報開示をしてくるかの対応の仕方は、ボス弁やパートナーの人間性が現れる部分でもあります(ネガティブな事情も曝け出した上で、「こんな事務所だけと来てもらいたい」と誘ってくれる誠実なボス弁がいる一方で、あくまでも綺麗な面とベストシナリオだけを強調して勧誘する狡猾なボス弁もいます)。

以上

 

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