コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(153)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス㉕―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、新執行体制の下に実施された構造改革プランについて述べた。
臨時株主総会・取締役会の翌日、小原新社長は記者会見で、新執行体制、上期実績、構造改革プランについて説明するとともに、「実力主義と現場主義」の社長方針を表明した。
構造改革プランは、当初計画の大幅未達という現実を踏まえ、現状の売上で、利益率を改善し費用率を低減することにより利益が確保できる事業構造を構築しようとするもので、2005年度に単年度黒字化、2008年度に累積債務の解消を目指した。
その骨子は、①売上規模に見合う工場・物流デポの再編・統合、②不採算アイテムの整理と内製化、③重点チャネルの選別と重点カテゴリー・商品戦略の再構築、④商品構成と宣伝促進費の適正化、⑤退職者不補充による総員370名の削減、⑥資材費・管理費等あらゆるコストの見直し・削減、⑦収支管理の徹底であった。
また、当初の中期経営計画(MC05)と構造改革プランの関係は、目指すべき企業像は変わらないものの、経営基盤の確立施策を構造改革プランの施策に置き換えるものとした。
構造改革プランの推進体制は、経営企画部に専任部署として構造改革推進グループを新設し財務部財務課の機能を同部に移し、経営計画の推進と進捗管理の一体化を図った。
計画の進捗状況は、構造改革委員会を毎月開催して管理し、株主から派遣された社外取締役の出席する経営会議に報告した。
また、2004年度の業務計画では、構造改革の実行を数値化して各部門の計画に直結させるとともに、人事評価に反映させた。
今回は、構造改革推進の結果とその成功要因について考察する。
【日本ミルクコミュニィティ㈱のコンプライアンス25:構造改革②】
(『日本ミルクコミュニティ史』446頁、453頁、460頁~461頁)
上述の通り、構造改革プランは、当初計画の大幅未達という現実を踏まえ、売上増に頼らず事業構造を変革することにより利益を創出し、2005年度に単年度黒字化、2008年度に累積債務の解消を目指した計画だが、実際には1年前倒しで、新役員体制になった翌年の2004年度に単年度黒字化を実現した。
その要因は、計画を確実に実行したことによるが、筆者は、何故計画を確実に実行できたのかについて、更に深く考察する必要があると考える。
組織文化の異なるライバル同士の企業3社が短期間で合併し、準備不足による初期の混乱を回復できず債務超過に陥ったにもかかわらず、なぜ新執行部になった翌年にV字回復を果たし単年度黒字化を実現できたのかを考察することは、組織合併が通常のこととして行われる今日、企業の経営者や経営企画スタッフ、コンプライアンス部門の担当者、事業部門の現場の長等に、様々な示唆を提供すると思われる。
日本ミルクコミュニティ(株)の設立以来5期の経営実績は、「表.年度別収支実績の推移」の通りであるが、経営執行体制が交代したのは2003年11月である。
構造改革の骨子は既述した通りであるが、ここでは組織風土改革に関連することを中心に考察する。
表. 年度別収支実績の推移
第1期 2002年度 |
第2期 2003年度 |
第3期 2004年度 |
第4期 2005年度 |
第5期 2006年度 |
|
売上高 | 521.8 | 2,207.4 | 2,261.6 | 2.215.3 | 2.195.5 |
営業利益 | ▲67.8 | ▲138.6 | 23.2 | 40.3 | 30.2 |
経常利益 | ▲67.5 | ▲138.8 | 23.4 | 41.5 | 30.7 |
当期利益 | ▲56.9 | ▲173.8 | 10.9 | 67.6 | 38.4 |
※『日本ミルクコミュニティ史』453頁を筆者が簡略化した。
1. 新社長の方針「実力主義と現場主義」の徹底
小原新社長は、就任と同時に、「実力主義と現場主義」の方針を掲げ、本社、事業部、工場、支店・営業所、ロジスティクスセンター等、全ての職場にこのスローガンを掲示させるとともに、所属長から従業員にその趣旨を説明させた。
また、役員は手分けして積極的に各事業部の現場に出向き、会議、意見交換、現場視察を行い、新方針と構造改革プランの主旨を説明するとともに、夜には車座になって現場の声に耳を傾けた。
こうした取組みは、現場の従業員から好感を持って受け止められ[1]、経営層と現場の一体感を高める上で役に立ったばかりではなく、新会社に対する不満の抽出と対策の設定、出身会社主義や階層間の溝の解消、構造改革プランの主旨の徹底等に役立ったと思われた。(筆者は内部監査時の監査項目に入れて確認・検証している)
このほかに、新執行部は、全従業員に対する「従業員満足度調査」を度々実施し、従業員の意識や不満の把握に努め対策の実施に役立てている。
人事評価の見直しでは、「出身会社ごとの旧給与体系に調整給を設けて5年かけて統合する」という当初のやり方を改め、出身会社に関わらず職位と能力により同一の賃金を支払うことになり、3社3様の出身会社主義の給与体系に対する不満は緩和された[2]。
また、日本ミルクコミュニティ㈱独自の組織風土を作る取組である[3]「チーム力強化の取組み」(後述する)では、「チームに対する貢献」を個人の評価項目に入れ[4]、合併会社特有の課題である「出身会社主義の解消と早期融和」の解決に役立た。
なお、小原社長は、社内報の社長インタビューで、「社員の意識改革によって企業風土が変化しましたか、社長自身はどう考えていますか」との問いに、「最初の頃は、一人一人に納得感が無かったと思います。しかし、経営職の業績評価制度の導入、職場別・個人別目標管理の導入など、チームの成果と個人の成果の両方を公正に評価することで納得感が高まり、それが根付いて効果が上がってきました。」(社内報「メグミルクNO.9」 2005年1月号)と述べている。
このように、組織風土改革では、掛け声やスローガンだけではなく(方針の明確化は必要だが)、それを評価制度や給与体系等の具体的な仕組みに落とし込んで実行することが重要になる。
つづく
[1] 特に大企業病に陥っていた雪印乳業㈱出身者の従業員からは、旧社では見られなかったこととして評判が良かった。
[2] 誰がどの職位につくかについては、未だ合併会社特有の不満は残っていたと思われた。
[3] 『日本ミルクコミュニティ史』446頁
[4] 個人の評価項目に「チームに対する貢献」の項を設け、チームに対する貢献が評価できる者には1ランク上の評価を与えた。