タイ:労働者保護法の改正(就業規則提出義務の廃止)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 箕 輪 俊 介
近年、タイ政府は、より競争力のある国家となるために、海外の投資家が安心して事業を行える環境整備に注力をしている。この活動は、インフラ等のハード面の整備に留まらず、近代的で透明性・公平性の高い法制度というソフト面の整備にも及んでおり、投資家の活動に直結する民法や商法に加え、労働法の分野においても法制度の整備が進められている。この活動の一環として、さる2017年4月4日に労働者保護法が一部改正(以下、「4月4日改正」という。)されたので、本稿にて紹介したい。
1. 4月4日改正の内容
4月4日改正は成立と同時に同日施行され、これにより、就業規則の労働局に対する提出義務が廃止された。具体的には、従前は労働者の数が10名を超えた場合、使用者は労働者の数が10名を超えてから15日以内に就業規則を作成し、労働者に周知した上で、周知後7日以内に管轄の労働局に当該就業規則を提出する義務が課されており、就業規則を改正する際にも労働者に周知した上で、周知後7日以内に、当該改正した就業規則を当該労働局に提出する必要があった。かかる提出義務を遵守しなかった場合には、使用者に刑事罰が科されることとされていた。
4月4日改正は、かかる使用者に課された就業規則の労働局への提出義務を廃止するものである。
2. 今後の実務
4月4日改正以降は、使用者は従業員に対して、就業規則を周知させれば足り、就業規則を労働局へ提出する必要はなくなる。
この点、使用者にとっては、事務手間が少なくなる点が本改正の利点と言えよう。但し、以下の点については留意が必要である。
- ① 就業規則の改正が従業員の労働条件を不利益に変更する内容を含む場合、従業員全員の同意が必要である。この点は、改正前後で異ならない。
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② 改正前は、就業規則を労働局に提出するタイミングで就業規則の有効性について労働局の審査が入り、不適法な内容が含まれている場合は、労働局から内容を変更するように指導され、当該指導に従わない限り、労働局は就業規則の提出を受け付けなかった。このため、改正前は、労働局のモニタリングの下、一定程度就業規則の適法性が担保されていた。
改正後は就業規則の提出が不要となるため、労働局が公平な視点から専門的知識を持ってその遵法性を確認することはない。したがって、従業員の同意がある限り、労働保護法上違法な内容や無効な内容であっても、有効な就業規則という誤信に基づいて運用がなされる虞がある。このため、今後は就業規則の有効性に関する争いが増加することが予想される。
かかる事態を未然に防ぐために、就業規則の作成時や就業規則の改正時に事前に専門家に相談する等の方策を取ることが望ましいであろう。
3. 今後予想される改正
本改正にとどまらず、その他の労働者保護法の条項についても順次改正することが検討されている。例えば、①退職年齢の法定化や②最低賃金のカテゴリー制の導入(対象者が未成年、学生、高齢者等の場合には通常レートとは異なる最低賃金を導入すること)は既に閣議決定済みであり、国民立法議会にて審議中である。また、解雇補償金の料率の見直しが現在内閣にて審議中である(これまでは10年以上の勤務経験のある従業員に対しては一律に300日分の解雇補償金の支払いが義務づけられていたが、これに加えて20年以上の勤務経験のある従業員には400日分の解雇補償金の支払いが義務づけられることが検討されている)。いずれも重要な改正となりうるので、今後も労働者保護法の改正状況については注視されたい。