インドネシア:インドネシアの大統領制
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 前 川 陽 一
2014年7月9日、大統領選挙が実施された。投票後に公表された多数の調査機関の開票速報によれば、ジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事(大統領候補)とユスフ・カラ前副大統領(副大統領候補)のペアが僅差で勝利したと伝えられている。他方で、対立候補であるプラボウォ・スビアント元陸軍戦略予備軍司令官とハッタ・ラジャサ元経済担当調整大臣の陣営も一部の調査機関の速報を基に勝利宣言を出した。
1 大統領の憲法上の地位
そもそも1945年インドネシア共和国憲法が制定時に描いていた統治機構は「五権分立」体制というユニークなものであった。すなわち、国権の最高機関とされる国民協議会の下に大統領(執行府)、国会(立法府)、最高裁判所(司法府)、会計検査院及び最高顧問会議が配置されていた。憲法上、大統領は国民協議会により選出され、規定の上では国民協議会に従属する一機関であるように見えた。しかし、実際には大統領任命議員が国民協議会の多くを占め、初代スカルノ大統領、続く第2代スハルト大統領による長期独裁政権を可能にした。
アジア通貨危機に端を発した混乱を契機として1998年にスハルト政権が崩壊すると、インドネシアは改革期を迎える。1999年から2002年まで4次にわたる憲法改正を経て、インドネシアは権威主義体制を脱却し民主主義の実現に向けて進んだ。すなわち、国民協議会はもはや国権の最高機関としての地位を失い、大統領は国民の直接選挙により選出されることとなった。大統領の任期は変わらず5年のままとされたが、再選は1回のみに制限された。
大統領の下には内閣が組織され、大統領は各大臣の任命及び罷免権を有するが、首相は置かれない。大統領は統治権の執行者であり、政令や大統領令の制定、条約締結(国会の同意が必要)などの権限を有し、陸・海・空軍の最高指令官である。大統領には法案提出権が認められているが、国会が議決した法案に対する拒否権はない。なお、国会は大統領によって任期中解散されることはない。
正副大統領に任期中非違行為があった場合、国会は憲法裁判所による審査及び決定を経た罷免提案を国民協議会に提出することができ、かかる罷免提案に基づいて国民協議会は非違行為があった正副大統領を罷免することができる。
2 大統領選挙制度
大統領選挙は5年に一度、国会、地方代表議会及び地方議会の各選挙(総選挙)の実施後に行われる。そのうえで、国会議員選挙において有効投票総数の25%以上若しくは議席の20%以上を獲得した政党又は複数政党の連合のみが大統領候補を擁立することができる。今回は4月9日に総選挙が実施されたが、いずれの政党も25%以上の得票又は20%以上の議席を得ることはできなかった。なお、今回選挙に先立って、憲法裁判所はこのような仕組みを定めた大統領選挙法(2008年法第42号)の一部を無効とする判断を下し、次回2019年は総選挙と大統領選挙を同時に開催すべき旨判決している。
大統領選挙法は、有効投票総数の過半数、かつ全国の州の過半数で20%以上を獲得した候補者が当選し、かかる条件を満たす候補者がいなかった場合には決選投票を実施すると規定する。ただし、今回の選挙は2候補のみであるため、憲法裁判所は、決選投票は実施せず1回の投票で大統領を選出すべき旨決定した。
大統領選挙の開票結果は総選挙委員会の発表により確定する。これには異議申立ての機会が認められ、申立てが行われた場合、審査を経て選挙結果が正式に確定する。今回選挙では、7月22日に開票結果が確定、異議申立てが行われた場合は8月24日頃選挙結果が確定し、新大統領の就任式は10月20日に行われる予定である。