◇SH0326◇インド:連邦議会のねじれ構造と大統領令による法律の修正 田島圭貴(2015/05/27)

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インド:連邦議会のねじれ構造と大統領令による法律の修正

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 田 島 圭 貴

 インドでは、ナレンドラ・モディ首相の政権誕生後、通常の法改正の手続きによらない大統領令による法律の修正が相次いで行われている。かかる背景には、経済改革を迅速に進めたい政府の意向と、それを妨げるインド連邦議会のねじれ構造があるとされる。

1. インド連邦議会のねじれ構造

 インドでは、2014年5月の連邦議会下院(Lok Sabha)総選挙において、モディ氏が率いる人民党が単独で過半数の議席を獲得し、それまで政権を担当していた国民会議派を中心とする連立政権に代わり政権の座についた。かかる選挙結果を受けインド首相に就任したモディ氏は、「モディノミクス」と呼ばれる経済政策を掲げ、インフラ整備を推進し、外資を積極的に誘致することで、製造業を中心に経済を活性化させる経済改革を進めている。

 もっとも、インド憲法(The Constitution of India)上、法律の制定には原則として連邦議会の両議院による承認が必要とされているところ、連邦議会上院(Rajya Sabha)では、国民会議派が依然として多数派を占め、人民党は少数派に過ぎないため、人民党を中心とする政府は、経済政策のために必要な法律を単独では制定することができない状況にある。かかる連邦議会のねじれ構造が一因となり、政府は、経済改革を思うように進めることができていないといわれている。

2. 大統領令による法律の修正

 上記のような状況を受け、政府は、改正法案について両議院で承認を受けるという通常の法改正の方法によらず、インド憲法上認められている大統領令(Ordinance)により、連邦議会の承認を得ることなく、法律の修正を行っている。

 インド憲法上、大統領は、連邦議会の両議院が開会中の場合を除き、緊急の行動をとらなければならない状況が存在すると判断するときはいつでも、必要な大統領令を発布することができ、かかる大統領令は、法律と同等の効力を有するとされている(但し、連邦議会の開会から6週間以内に両議院による追認を受けなかった場合は失効する。)。かかる憲法上の規定からも分かるように、大統領令は、本来は連邦議会閉会中に緊急の必要性が生じた場合における暫定的措置ではあるが、政府は、大統領の承認を得ることができれば、連邦議会の承認を得ることなく、法律と同等の効力を有する大統領令を発布することにより、法律を修正することができるということになる。

3. 大統領令による法律の修正の具体例

a. 保険法の修正

 インド政府は、2014年の冬期議会において、保険業への外国直接投資の上限を26%から49%に緩和すること等を内容とする保険法の改正法案について連邦議会の承認を受けることができなかった。そこで、政府は、同議会の会期終了後、当該法案と同趣旨の大統領令「Insurance Laws (Amendment) Ordinance, 2014」を発布することにより、連邦議会の承認を受けることなく、上記保険業への外国直接投資の上限緩和を行った。結局はその後、当該大統領令の失効前に、当該大統領令と同趣旨の改正法案が両議院において承認されたため、通常の法改正の方法により保険法の改正が行われたことになるが、当該大統領令の発布により政府の経済改革断行の姿勢が強く示されたことが連邦議会における改正法案の承認につながったとする見方もある。

b. 土地収用法の修正

 インド政府は、2014年の冬期議会の会期終了後、大統領令を発布することにより、「土地収用並びに生活再建及び再定住における公正な補償と手続きの透明性に関する法律」(Right to Fair Compensation And Transparency in Land Acquisition, Rehabilitation and Resettlement Act, 2013、「土地収用法」)が定める土地収用の要件を緩和した。

 土地収用法は、前政権下で制定された法律であるが、土地収用の要件について主に以下のように規定している。

  1. ・ 公共の目的に使用する民間企業のために土地を収用する場合には、当該収用の影響を受ける者の80%の事前の同意が必要。
  2. ・ 公共の目的に資する官民連携事業に使用する民間企業のために土地を収用する場合には、当該収用の影響を受ける者の70%の事前の同意が必要。
  3. ・ 土地収用に先立ち、社会的影響評価の実施が必要。

 この土地収用法は、旧土地収用法と比べ、土地所有者等に対する保護に厚い反面、上記の事前同意取得義務等が土地収用手続きを遅延・停滞させる原因になっているとされ、スムーズな土地収用を必要とする産業界を中心に強い批判がなされてきた。

 その後提出された上記大統領令と同趣旨の改正法案(The Right to Fair Compensation and Transparency in Land Acquisition, Rehabilitation and Resettlement (Amendment) Bill, 2015)は、人民党が過半数を占める下院の承認は得たものの、上院では、多数派を占める国民会議派の強い反対を受け、承認を受けるのが難しい状況にあった。そこで政府は、当該改正法案と同趣旨の大統領令(The Right To Fair Compensation And Transparency In Land Acquisition, Rehabilitation And Resettlement (Amendment) Ordinance, 2015)を再発布するに至った。当該大統領令では、電力等の農村インフラプロジェクト、産業大動脈関連プロジェクト、官民連携インフラプロジェクトなど公共性が高い5分野については上記の事前同意取得義務が免除され、さらに公益に資する場合には社会的影響評価の実施義務も免除されている。

 結局、2回目に出された大統領令についても連邦議会の追認は得られていないが、政府は失効前に再度大統領令として発布する予定との報道もなされている。

 このように、連邦議会の承認を受けることができない法案について、大統領令としての発布を繰り返すという手法が憲法上許されるのかということについては、インド国内でも疑問が呈されており、そもそも、暫定的措置に過ぎない大統領令の発布を繰り返したとしても、安定的な投資環境の整備にはつながらないという根本的な問題も指摘されている。

 しかしながら、憲法上、連邦議会の上院は、州議会議員による間接選挙で2年毎に3分の1ずつ改選されるとされているため、仮に人民党が今後も現在の人気を保ったとしても、上院で多数派を占めるためにはあと数年を要することから、大統領令を利用した法律の修正は今後も継続することが予想される。

 

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