◇SH0510◇最一小決 平成27年8月25日 傷害致死被告事件(池上政幸裁判長)

未分類

 本件は、寝たきり状態の妻を介護していた被告人が、自宅の介護ベッドで寝ていた妻に暴行を加え、硬膜下出血・血腫の傷害を負わせ、脳機能障害により死亡させた、という傷害致死の事案である。原々審の裁判員裁判においては、平成26年2月4日から2月18日までの2週間のうちに連日的に7回の公判期日が行われた。
 弁護人は、公判調書が弁護人の弁論及び被告人の最終陳述までに作成整理されていなかったとした上、公判調書の整理期間について、判決宣告日以降の作成整理を許容する刑訴法48条3項は、裁判員裁判において、弁論前に、高度に専門的・医学的内容を有する証言の公判調書を謄写する機会を弁護人から奪うものであって、憲法31条に違反する、などと主張した。そのため、刑訴法48条3項と憲法31条との関係が問題となった。

 

 刑訴法48条3項は、①公判調書は、各公判期日後速やかに、遅くとも判決を宣告するまでにこれを整理しなければならない、②ただし、判決を宣告する公判期日の調書は当該公判期日後7日以内に、公判期日から判決を宣告する日までの期間が10日に満たない場合における当該公判期日の調書は当該公判期日後10日以内(判決を宣告する日までの期間が3日に満たないときは、当該判決を宣告する公判期日後7日以内)に整理すれば足りる、と規定している。
 従来、公判調書は遅くとも判決宣告までに整理しなければならないとの原則を定めた刑訴法48条3項本文の例外は、判決宣告期日調書のみとされていた。しかし、裁判員裁判が実施されると、公判期日はできるだけ連日的に開かれることになり(同法281条の6)、しかも、判決宣告も、さほど間を置かず、証拠調べ等に引き続いて行われることが多くなると予想されることから、裁判所における公判調書の整理に要する実際上の期間を考慮し、平成19年法律第60号(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律等の一部を改正する法律)により、上記のとおり公判調書の整理期間を伸長する改正がされたものである(河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第1巻』(青林書院、2013)568~569頁〔中山善房〕、松尾浩也監修・松本時夫ほか編『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009)119~120頁、最高裁判所『「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」、「裁判員の参加する刑事裁判に関する規則」及び「刑事訴訟規則の一部を改正する規則」の解説』刑事裁判資料第289号(最高裁判所事務総局、2009)293頁)。
 現行刑訴法は、公判中心主義・直接主義・口頭主義を基本として、争点を中心とする充実した審理を集中的・連続的に行うため、できる限り、連日開廷し、継続して審理することを目指しており、裁判所は、公判廷で直接口頭によって提供された資料及び直接取り調べた証拠によって裁判するのであって(公判廷で見て聞いたものが証拠となる。)、公判調書に基づき事後的に心証を形成し直して判決するわけではない(裁判所職員総合研修所監修『公判手続と調書講義案〔再訂補訂版〕』(司法協会、2013)1頁、河上和雄ほか編『注釈刑事訴訟法〔第3版〕第1巻』(立花書房、2011)579頁〔香城敏麿=井上弘通〕)。検察官、被告人又は弁護人においても、意見と証拠との関係を具体的に明示しながらも、証拠調べ後できる限り速やかに、論告・弁論等の意見陳述をすることが求められている(刑訴規則211条の2・211条の3)。これは、公判調書が未だ整理されず閲覧謄写することができない段階においても、公判廷で取り調べた証拠に基づいて意見陳述をすることが可能であることを前提としているものといえる。
 一方、公判調書は、審理が長期にわたり期日間が空くような事件等において、訴訟関係人による訴訟活動の準備のために実務上有効な機能を果たす場合があることから、各公判期日後、速やかにこれを整理することが求められており、公判調書の重要性が以前と変わることはないものの、正確な公判調書を作成整理するにはある程度の日時を要することは避けられず、そのために上記の集中審理の実現が妨げられるというのでは、本末転倒である。そこで、刑訴法48条3項は、これらの事情を考慮し、公判調書の整理期間を規定したと理解することができる。
 なお、公判調書未整理の場合には、証人の証言要旨の告知(刑訴法50条1項)、録音体の再生(刑訴規則52条の19第1項)という手当てのほか、裁判員裁判においては、「訴訟関係人の尋問及び供述等」については記録媒体に記録することができるとされており(裁判員法65条1項)、記録媒体に記録された場合には、その音声データを検察官及び弁護人に提供するという便宜供与を行う実務上の運用も行われている。

 

 本決定は、このような集中審理の実現を図る中での公判調書の位置付けを前提に、公判調書を作成する本来の目的は、①公判期日における訴訟手続の経過及び結果を明らかにし、その訴訟手続が適式に行われたかどうかを公証することによって、訴訟手続の公正を担保することや、②事件が上訴審に係属した場合に、上訴審が原判決の当否を審査するために原審における審理の状況を把握できるようにすることなどにあるとした上、この「公判調書を作成する本来の目的等を踏まえ、公判調書を整理すべき期間を具体的にどのように定めるかは、憲法31条の刑事裁判における適正手続の保障と直接には関係のない事項である」と判示した。
 公判調書には、審理が長期にわたる場合に公判調書により裁判官ほか訴訟関係人の記憶を確保したり、訴訟関係人が公判調書を検討して次回以降の訴訟活動の準備をしたりするためといった機能があることは確かであるが、本決定は、このような公判調書の機能と本来の目的を区別し、上記のとおり判示したものと思われる。かつては、「公判調書を確認しないと、反対尋問、論告・弁論等の訴訟活動ができない」という主張がよくされたところであるが、本決定は、このような旧来の書面主義に基づく慣行を諫め、裁判員裁判の導入を機に本来の刑訴法が予定する口頭主義、直接主義に基づく集中審理を目指そうという気運を後押しするものといえよう。
 公判調書の整理期間をどのように定めるかは、憲法31条とは直接には関係のない事項であると判示した点はもちろん、上記のような公判調書作成の目的につき丁寧に説示した点については、裁判実務に与える影響は大きいと思われる。

 

タイトルとURLをコピーしました