アルゼンチン対外債務問題を巡る現況及び展望(下)
西 村 あ さ ひ 法 律 事 務 所
弁護士 宮 塚 久
弁護士 田 口 祐 樹
5. 管理会社の当事者適格を認めた最高裁判決
前回既述のとおり、最高裁は、2016年6月2日、管理会社に当事者適格を認める判決を出し、事件を東京地裁に差し戻したことから、管理会社が提起した訴訟はようやく本来の軌道に戻った。
この判決は、「債券の要項」に基づき訴訟追行権を授与するというサムライ債の仕組みが構築されていることを正面から是認した。市場の取引慣行や関係当事者の認識に照らせば、当然のことを認めた判決ではあるが、訴訟法的には、法令上の根拠がない任意的訴訟担当を認めた、それも、担当者(管理会社)が被担当者(債権者)の一人ではないにもかかわらず認めた初めての最高裁判決であり、非常に画期的な判決である。加えて、債権者は、「債券の購入に伴い」訴訟追行を管理会社に委託することについて「受益の意思表示をしたもの」であると判示している。これは「債券の購入」行為を黙示的な意思表示と認めた点で、また、(通常は権利を取得し利益を享受するための)受益の意思表示に基づき訴訟追行権の授与を認めた点で、民法(537条1項)の解釈上もたいへん意義深い判決である。
6. 米国債権者団と紛争の帰趨
前回既述のとおり、マクリ大統領による新政権は、国際的な資本市場への復活を目指し各国の債権者との間で債務再編を積極的に推し進めている。米国の債権者団との間では、マクリ大統領の就任後早々に、その請求額の約75%を支払うとの和解案について議会の承認を取り付け、債権者団との和解が成立した。
イタリアのデフォルト債についても、約5万人の債権者を代表したTFA(Task Force Argentina)が、約10年間にわたり国際投資紛争解決センター(ICISD)で争っていたが、この紛争も、2016年4月に残元本の150%を支払うことで最終的な和解契約が成立し、アルゼンチンの資本市場への復活の舞台が整った。
2016年4月には、150億ドル規模のアルゼンチン国債が米国市場で新たに発行され、その発行代わり金を原資に債権者団への支払いも完了する目処がついた模様である。新たな国債発行に際しては、実際の調達額の4倍を超える注文がなされたとの報道もあり、アルゼンチンは、今後海外での資金調達を積極的に行う可能性もある。
7. パリクラブ合意による公的債務の処理
上記のような民間債権者との債務再編合意に加えて、2014年5月には、国家間における公的債務の処理を議論する場であるパリクラブ(主要債権国会議)において、アルゼンチンは、約97億ドルの公的延滞債務全額を解消するための合意を成立させている。日本政府との関係でも、2019年5月30日までに国際協力銀行(JBIC)や国際協力機構(JICA)等に対する債務を5回に分けて完済する旨が合意され、2016年5月までに2回の返済が履行されている。この合意は、アルゼンチンが国際的な資本市場に復帰する上で大きな役割を果たしている。
8. 最近のアルゼンチンの動向について
管理会社が提起した訴訟は、現在東京地裁に係属しており、これから再審理が始まる。アルゼンチンは、対外債務再編を進める一方で、裁判所の判決がなく消滅時効が完成したデフォルト債については支払をしないとの方針を公表しており、このままスンナリとデフォルト債の償還を命じる判決に至るのか、予断を許さない状況にあることに変わりはない。
しかし、マクリ大統領は、2016年4月の安倍首相との会談で、国際経済への復帰に日本の支持と期待を表明し、5月には、ミケティ副大統領が訪日して日アルゼンチン官民経済フォーラムを開催するなど、日本との連携を強めており、米国やイタリアの債権者団との和解が実際に成立していることも踏まえれば、日本で発行されたデフォルト債の解決に向け何らかの進展があることも考え得る。既述のとおり、管理会社は、債権の管理権限を有しているものの自らデフォルト債を保有する債権者ではない。そのため、日本において米国やイタリアのような和解的な解決をするためには超えるべき課題がいくつもあるが、アルゼンチンは、最終的な解決に向けて着実に歩みを進めていくのではないかと期待される。
9. おわりに ~ アルゼンチンの市場への復活に期待
アルゼンチンの国際的な資本市場への復帰までには約15年のブランクがあり、過去のデフォルト時の負の遺産もまだ完全には清算されていない。しかし、既にアルゼンチンに対する諸外国からの投融資は増加傾向にあるとのことであり、日本企業としても、アルゼンチン市場を開拓すべき好機が到来しているのではないだろうか。今後アルゼンチンが国際市場の信認を回復し、企業にとってより魅力的な進出先となることを願ってやまない。
以 上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。