インド:新仲裁法アップデート
――新法は施行前に開始された仲裁手続にも適用あるか?
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
インド新仲裁法(Arbitration and Conciliation (Amendment) Act, 2015、以下「新法」)は2015年10月23日(以下「施行日」)から施行されているが、その時的適用範囲、すなわち、その施行日前に開始された仲裁手続及びそれに関連する裁判手続に関して適用があるかどうかについては、いくつかの解釈論がインド国内で論じられていた。2016年10月7日、デリー高裁がこの点に関し新法の時的適用範囲を広く解する判断を下したので紹介する(Raffles Design International India Private Limited & Anr. v. Educomp Professional Education Limited & Ors.)。
まず、新仲裁法第26条は、新法の時的適用範囲について以下の通り規定している。
- “Nothing contained in this Act shall apply to the arbitral proceedings commenced, in accordance with the provisions of section 21 of the principal Act, before the commencement of this Act unless the parties otherwise agree but this Act shall apply in relation to arbitral proceedings commenced on or after the date of commencement of this Act.”
同条を一見すると、新法施行前に開始した仲裁手続及びこれに関連する裁判手続に関しては、新法は一切適用されないという解釈も可能なようにも読める。しかし、デリー高裁は、上記規定の前段については、あくまで施行日より前に「旧法第21条に基づいて」開始された仲裁手続、すなわち国内仲裁手続それ自体に新法の適用がないことを述べているに過ぎず(※第21条はインド仲裁法第1章の規定であり、インド仲裁法第1章は国内仲裁に関する規定であるため)、①施行日より前に開始された国内仲裁手続であってもそれに関連する裁判手続及び①施行日より前に開始された国外仲裁手続及びこれに関連する裁判手続について新法が適用されるかどうかは、同規定は何も述べていないと解釈し、これらの手続への適用が明確に排除されていないことや新法の趣旨などから、これらの手続には新法が適用されると判示した。
施行日前に開始された仲裁 | 施行日以後に開始された仲裁 | |||
仲裁手続 | 関連する裁判手続 | 仲裁手続 | 関連する裁判手続 | |
国内仲裁 | 旧法 | 新法 | 新法 | 新法 |
国外仲裁 | 新法 | 新法 | 新法 | 新法 |
このような解釈によれば、施行日前に開始された国内仲裁であっても、施行日後にインド裁判所において仲裁判断取消訴訟を行う場合には、当該取消訴訟の手続に関しては新法が適用されることとなる(なお、旧法下においては、取消訴訟の提起により執行手続が自動的に停止することとされていたが、新法においては、執行手続の停止には裁判所の命令を要するものとされているといった違いがある。)。
そして、国外仲裁に関しては、仲裁手続開始と施行日の先後を問わず、例えばその仲裁判断のインド裁判所での執行を求める場合には、新法が適用されることとなる。さらに、国外仲裁に関しては、仲裁手続開始と施行日の先後を問わず、当事者間に別段の合意がない限り、新法第2条第2項の規定に基づきインド裁判所による仲裁法第9条に基づく暫定措置の利用も可能となる[1][2]。
新法は機能不全に陥っていた旧法下での仲裁手続を効率化・迅速化するための改正であり、新法の時的適用範囲の拡張的解釈は、インド裁判所の親仲裁的な姿勢を示すもので歓迎すべきものである。既にカルカッタやマドラス等他の州の裁判所においても同様の解釈が見られたが、首都デリーの高裁においても認められたことは注目に値する。ただし、同事案については、最高裁に上訴がなされており、最高裁の最終的な判断が待たれている点に留意されたい。
[1]国外仲裁についてインド裁判所による暫定措置の利用が可能であるかについては、2012年のいわゆるBALCO最高裁判決(Bharat Aluminium Company Vs. Kaiser Aluminium Technical Services Inc)により、国外仲裁について仲裁法第9条の適用はないことが明確化された。しかし、国外仲裁であってもインド裁判所の助力を得てインド国内における財産を仮に差し押さえておきたい等のニーズは強く、新法は上記判例を変更し、国外仲裁手続においても当事者が別段の合意を行わない限り仲裁法第9条に基づく暫定措置が利用可能であることが新法第2条第2項において明確化された。
[2] なお、当事者間の「別段の合意」の有無については、裁判所は契約上の明示の合意のみでなく、黙示の合意を含むものとした。本事例における被申立人は、当事者がシンガポールを仲裁地とするSIAC仲裁を合意していることを根拠に、インド仲裁法第9条の適用は黙示的に排除されていると主張したが、このような主張は認められなかった。