アルゼンチン進出時の選択肢-新しい法人形態の登場(1)
西村あさひ法律事務所
弁護士 古 梶 順 也
1. はじめに
2016年4月にデフォルト状態を解消して15年振りに国際金融市場に復帰し、マクリ政権による規制緩和・外資導入策の下で投資環境が整いつつあるアルゼンチンへの新規展開を検討している日本企業も少なくないと思われる。
日本企業が、アルゼンチンに進出する際に採る方法のうち代表的なものとして、自ら現地に法人・支店を設立することや現地法人を買収することが考えられる。そこで、本稿においては、アルゼンチンにおける法人形態及び支店、特に近時新たに創設されたSociedad por Acciones Simplificada という新しい法人形態の概要について説明する。
2. 法人形態[1]
アルゼンチンでは法律上数種類の法人形態が認められているが、このうち、実務上最も利用されてきたのがSociedad de Responsabilidad Limitada (以下「SRL」という。)及びSociedad Anónima (以下「SA」という。)の2つの法人形態である。しかしながら、SRL及びSAは、いずれも最低2名以上の出資者/株主を有することが必要とされており、新たにアルゼンチンで法人を設立しようとする外国法人にとって、出資者/株主を2名以上とすることは、後記(5)の外国法人登録との関係で少なくない負担となっていた[2]。そこで、近時新しい法人形態として、Sociedad por Acciones Simplificada (以下「SAS」という。)が創設された。SASは、2017年9月1日からブエノスアイレス自治市において利用可能となった新しいタイプの法人形態であり[3]、株主が1名でも問題ないほか、柔軟性やコスト面でも他の法人形態と比較して有利であるため、今後活用事例が増えるのではないかと考えられている[4]。本稿においてはこれらの3つの法人形態の概要について説明する。
(1) Sociedad de Responsabilidad Limitada (SRL)
SRLは、会社に対する出資について持分の形をとる日本法上の合同会社(旧有限会社)に類似する法人形態である。
- A. 出 資 者
-
SRLの出資者数には制限があり、最低2名以上、最大で50名を超えてはならないとされている。法人でも個人でもいずれも出資者になれる。法令に定める特別な場合を除けば、出資者に関して国籍要件も居住要件もなく、外国人や外国法人も、SRLの出資者になることができる。
出資者は、原則として、その所有する出資持分に対する出資額を超えて、会社の債務に関して責任を負うことはない。いわゆる有限責任である。
- B. 出資持分
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出資持分の譲渡は、原則として自由である。もっとも、例えば持分の譲渡について他の出資者の承認を要するものとするなど定款に持分譲渡の制限について定めることができるが、譲渡を完全に禁止することはできない。なお、出資持分を譲渡するためには、管轄の商業登記所への登録が必要となる。
出資持分を上場することはできない。
- C. 資 本
-
SRLには最低資本金額の要請はない[5]。
設立に際して発行される出資持分は、設立と同時に全て引き受けられていなければならないが、そのうち、設立時までに払込みが必要となるのは当該引き受けられた出資持分のうち25%までとなっており、残りは設立後2年以内に払い込まれればよいものとされている。不動産や機械等の非金銭的な資産による払込みも可能であるが、このような現物出資を行う場合には、設立時に全て払込みを完了しなければならない。
- D. 経 営
-
SRLは、出資者によって選任されたマネージャー(gerente)によって経営され、代表される。外国人でもマネージャーになれるが、過半数のマネージャーはアルゼンチンの居住者でなければならない。
当該マネージャーの権限行使のルールは、定款で定められることになっている。当該マネージャーは、SAにおける取締役と同じ権限を有し、同じ義務及び責任を負う。
- E. 出資者総会
-
SRLにおいて、重要な事項については出資者総会により意思決定がなされるが、定款に出資者総会の決議に係るルールを定めることができる。会議を開催する必要がない場合には、出資者総会の決議は書面により行うことができるが、資本金の額が10,000,000 ARS[6]以上の会社については、各事業年度終了後4か月以内に出資者総会を開催し、当該事業年度に係る財務書類を承認しなければならないものとされている。
- F. 内部監督機関
-
SRLは、定款の定めに従い、内部監督機関として監査役(síndico)[7]又は監査役会(comisión fiscalizadora)等を設置することができる。但し、資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合には、こうした内部監督機関の設置は義務となる。
- G. 利益配当
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SRLにおいては、各事業年度の監査済みの財務書類に基づき計算される分配可能利益に基づき、年に1回の利益配当が認められている。中間配当を行うことは認められていない。
- H. 監 督
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SRLにおいては、SAの場合と異なり、資本金の額が10,000,000 ARS以上の会社であっても、恒常的な政府の監督に服することはない。
もっとも、資本金の額が10,000,000 ARS以上のSRLは、財務書類を管轄の商業登記所に提出することが求められている。
(2) Sociedad Anónima (SA)
SAは、会社に対する出資について株式の形をとる日本法上の株式会社に類似する法人形態である。
- A. 株 主
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SAは、SRLと同様に、最低2名の株主を有していなければならないが、SRLとは異なり株主数に上限はない。法人でも個人でもいずれも株主になれ、法令に定める特別な場合を除けば、株主に関して国籍要件も居住要件もなく、外国人や外国法人も、SAの株主になることができる。
株主は、原則として、その所有する株式に対する出資額を超えて、会社の債務に関して責任を負うことはない。いわゆる有限責任である。
- B. 株 式
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日本と同様に普通株式のほか、普通株式とは異なる権利を有する種類株式の発行が可能である。
株式の譲渡は、原則として自由である。定款に株式譲渡の制限について定めることができるが、譲渡を完全に禁止することはできない。なお、SRLの出資持分譲渡の場合とは異なり、株式譲渡につき商業登記所への登録は不要であるため、より簡易な形で譲渡を実行できる。
株式を上場することは可能である[8]。
- C. 資 本
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SAは、SRLとは異なり、法律上、最低100,000 ARSの資本金を持たなければならないとされている。
設立に際して発行された株式は、設立と同時に全て引き受けられていなければならないが、そのうち設立時までに払込みが必要となるのは当該引き受けられた株式のうち25%までとなっており、残りは設立後2年以内に払い込まれればよいとされている。不動産や機械等の非金銭的な資産による払込みも可能であるが、このような現物出資を行う場合には、設立時に全て払込みを完了しなければならない。
- D. 経 営
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SAは、株主総会によって選任された1名以上の取締役(director)により構成される取締役会(directorio)により経営される。資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合等のアルゼンチン一般会社法(Ley General de Sociedades, 法律第19550号。以下「一般会社法」という。)第299条各号に定める場合に該当するSAについては3名以上の取締役が必要となる。外国人でも取締役になれるが、過半数の取締役はアルゼンチンの居住者でなければならない。
取締役は、一般的な注意義務や忠実義務に服する。取締役が、当該義務に違反した場合には、原則として、当該違反により生じた結果に関して会社、株主及び第三者に対して無制限の連帯責任を負うものとされている。
会社の代表権は取締役会の議長に与えられる。
- E. 株主総会
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SAにおいて、一般会社法第234条及び第235条に定める重要な事項に係る意思決定については株主総会によってなされる。例えば、SAは、各事業年度に係る財務書類の承認、利益配当並びに取締役及び監査役の選任等を目的として、各事業年度終了後4か月以内に定時株主総会を開催することを求められている。
なお、株主総会は、原則として、対面で、かつ、会社の本店が存在する管轄区域内で開催することが求められている。
- F. 内部監督機関
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SAは、定款の定めに従い、監査役(síndico)又は監査役会(comisión fiscalizadora)等の内部監督機関を設置することができる。但し、資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合には、1名以上の監査役の設置が義務となる[9]。
- G. 利益配当
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SAにおいては、各事業年度の監査済みの財務書類に基づき計算される分配可能利益に基づき、年に1回の利益配当が認められている。また、SRLとは異なり、資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合等の一般会社法第299条各号に定める場合に該当するSAについては、中間配当を行うことも認められている。
- H. 監 督
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SAにおいては、資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合等の一般会社法第299条各号に定める場合には、政府の恒常的な監督に服し、これに関連して、一定の書類を管轄の商業登記所に対して提出する義務を負う。
また、資本金の額にかかわらず、各事業年度に係る監査済みの財務書類について管轄の商業登記所に提出することが求められている。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要がある。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではない。
[1] 本稿の作成にあたって、アルゼンチンの法律事務所であるMarval, O’Farrell & MairalのDiego S. Krischcautzky弁護士からのご協力を得たことをここに感謝申し上げる。もっとも、本稿の内容に関する責任は筆者のみにある。
[2] 後記のとおり、外国法人登録のための手続は煩雑で、提出書類の準備等に少なくない手間とコストがかかる。そのため、SRLやSAを新たに設立するにあたって、2名以上の出資者/株主という要件を充たすために、2社の外国法人を出資者/株主とする場合には、その手間・コストが2倍となり、少なくない負担となる。
[3] ブエノスアイレス自治市を管轄する商業登記所(Inspección General de Justicia)がSASに関する施行規制を制定したことにより、ブエノスアイレス自治市においてSASが利用可能となった。同様の施行規制が管轄の商業登記所により制定された州においても、SASは利用可能となる。
[4] このほかにSociedad Anónima Unipersonal (以下「SAU」という。)という法人形態があり、当該SAUも、1名の株主での設立が可能であるものの、資本金の額にかかわらず政府の恒常的な監督下に置かれるため、小規模なビジネスには向かない少しコストのかかるタイプの法人形態と考えられている。そのため、制度導入から2年近くが経つものの利用例は少なく、また、株主を1名にしたい会社は今後はSASを選択する可能性が高いため、本稿においては紹介を割愛する。
[5] もっとも、商業登記所のルールにおいて、SRLの資本金は会社の目的に適した金額である必要があるとされている。この点は、SAも同様である。
[6] アルゼンチンペソを意味する。以下同じ。
[7] こうした監査役は、アルゼンチン国内に居住する弁護士又は会計士でなければならない。
[8] 株式を上場しているSAは更に証券取引所の規制に服することになるが、本稿においてはSAは非上場であることを前提としてSAの概要を説明している。
[9] 一般会社法第299条各号に定める場合(このうち、(i)資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合及び(ii)SAUである場合を除く。)については、3名以上の監査役から成る監査役会を設置することが義務となっている。