弁護士の就職と転職Q&A
Q27「採用のミスマッチは防げるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
人材紹介業者を続けていて、もっとも心苦しいことのひとつが、転職先を紹介した弁護士から再度の転職相談を受けることです。転職先で、プロジェクトを成し遂げたとか、留学から戻って次のステージに進む、ということならば、まったく構わないのですが、「巻き戻したい」という遡及効を期待されてしまうと、ミスマッチにより、本人のキャリアにも、事務所の発展にも「回り道」をさせてしまう責任を感じます。そこで、今回は、採用のミスマッチの対策について整理してみたいと思います。
1 問題の所在
採用した弁護士が使えなかった、という失敗談はたくさんの法律事務所で耳にします。その経験から、書面審査の要件を厳しくして、司法試験の合格順位の足切り水準を上げてみたり、独自のペーパーテストを課したり、小論文を書かせてみたりする先も増えています。しかし、優秀な人ほど、「他にも選択肢がある」ので、面倒なプロセスに付き合わされるのを嫌って、応募を敬遠されてしまう傾向もあります。採用プロセスの重層化は、「優秀でない人を避ける」ことには役立っても、「優秀な人を惹きつける」ためのツールにはなっていません。
また、職場での「パフォーマンス」は、「能力」と「やる気」の掛け算によって成り立っているので、「能力不足」と思われている事案も、実は、「本人が何らかの理由により、仕事に対するやる気を失う」というイベントが先行しているケースも多く見受けられます。
「やる気」を失わせる典型例には、「業務内容(依頼者属性を含む)のミスマッチ」、「ボスとの相性のミスマッチ」、「労働条件(報酬水準を含む)のミスマッチ」が挙げられます。応募者は、採用選考時には、「やる気を示さなければ、オファーを貰うことができない」ので、まずは、ミスマッチのリスクを度外視して、やる気を「盛って」アピールすることで、内定を獲りに行くことが「就活用テクニック」となります(そして、内定を取得して選択肢を得た後に、少し慎重に検討して受諾するかどうかを判断することになります)。
採用側としては、このようなミスマッチを回避するために、「できれば、まずは、試用期間を設けたい」と考えがちですが、その申し出は、優秀な候補者を逃すリスクを孕んでいます(仮にそのまま入所することになっても、本人の勤労意欲を減退させることもあります)。そこで、採用側は、ミスマッチのリスクにどのように向き合うべきかに頭を悩ませることになります。
2 対応指針
勤務開始から一定期間は、性善説を採用して、ボス/上司の側でも、本人に貢献できそうな仕事を与えて、本人に負荷の少ない仕事の進め方に配慮することが求められます。しかし、所定の期間を経過して、ミスマッチを認定せざるを得ない場合には、プロフェッショナル業務においては、非効率な関係を継続するよりも、発展的な解消を促すことが正当化されるべきです(できるだけ良い転職先を確保してもらい、転職後にも元職場の悪評を広めないようなコミュニケーションを交わせる関係を維持すべきです)。
「うちで永続的に働く」という意味でのマッチングは保証できなくとも、「うちを辞めても、どこかで適切に活躍してくれる」という意味でのマッチングは確保したいところです。
3 解説
(1) 採用側の努力が求められるフェーズ
企業において、従業員との雇用契約に解雇制限を受けるのとは異なり、法律事務所においては、原則として、アソシエイトとの委任契約は自由に解約できるものと解されています。
そのため、法律事務所のボスの中には、採用直後から、自己の価値観を押し付けて、それに合致しないアソシエイトを排斥する、という方法を実践している方もいます。しかし、アソシエイトの早期退職が続けば、新規の採用にも次第に悪影響が出始めるようになります(現在は、インターネットやSNS上の評判の維持も人材獲得には必須となってきています)。
時代が変わり、修習生や若手弁護士の思考方法や価値観も変化したことを踏まえて、「自分の価値観に合った候補者を探す」のでは、いつまで経っても人材を採用できなくなってしまうリスクが高まっています。むしろ、「与えられた選択肢としての候補者」の中から、最も優秀と思しき者を採用したら、その若手に、自己の価値観を押し付けるのではなく、若手独自の価値観の中にも、自分が取り入れられるものがあるのではないかという視点を持って、若手指導に当たることが求められている(それが結果的に、優秀な若手の成長を促し、事務所の発展にもつながっている)と言うこともできます。
(2) 卒業生の活躍のメリット(不祥事の回避を含む)
上記のとおり、まずは、性善説に立ち、自己の価値観を若手が理解し、又は、自分も若手の価値観を取り入れる余地があるかどうかを探るべきだと思われますが、プロフェッショナル・ファームであれば、いつまでもその試行錯誤を続けているわけにはいきません。
一定期間(1ヵ月は短すぎますが、1年も経てば、その後に劇的に状況が変わることも期待しづらくなります)の経過をもって、ミスマッチを認めて、お互いの発展を目指せる方法を探るべきだと思います。そのためにも、退職勧奨は、懲罰的な意味を持たせるのではなく、弁護士という経営資源の有効活用の観点から、より活躍できる職場を見付けてもらいたい、という建前を維持するべきです。
実際のところ、法律事務所にとって、アソシエイトが辞めた事実自体は、人材市場において悪影響をもたらすものではありません。問題は、その行き先です(たとえば、債務整理に特化していた大規模事務所とか、独立した後で刑事事件を起こしてしまうような末路を辿ってしまうことが「悪評の素」になります)。行き先が、一流の法律事務所であるとか、伝統ある企業、又は、将来性のある企業であるとか、独立して活躍をする、というのであれば、それは「入所後のキャリアパスの多様性」を示すものとして、人材市場においてもプラスに受け止められます。
(3) 採用基準
ミスマッチを防ぐために、「退職者をなくすこと」を目標に掲げても、これは成功しません。慎重すぎる採用活動は、むしろ、優秀な人材を獲り逃がすリスクを増大させてしまいます。採用を避けるべき対象者は、「退職する場合に、コミュニケーションをとれずに、円満退社できない人」であり、「退職後に、事務所の評判を下げるようなキャリアを歩んでしまう人」に限定すべきであり、「うちの事務所を去っても、他の職場で活躍してくれる人」であれば、そのようなミスマッチは許容する心構えを持っていただきたいと思います。
このように目標設定をすることができるならば、過度に「ボスとの相性」や「業務との相性」を吟味するのではなく、「優秀で人柄がよい弁護士」の採用への門戸を広げることにつながります(とはいえ、現実には、採用にも、教育にも、多大なエネルギーを投じなければならないために、その埋没費用を忘れて「次の職場で活躍してもらいたい」と笑顔で送り出すのは、そう簡単にできることではないのですが)。
以上