マレーシア・シンガポール:東南アジアにおけるクロスボーダーPPPプロジェクト
~クアラルンプール・シンガポール高速鉄道プロジェクトスキームの分析~
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 松 本 岳 人
2017年12月20日、マレーシアの首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道(Kuala Lumpur-Singapore High-Speed Rail。以下「HSR」という。)計画の主要事業である線路の建築や車両の提供などを担う資産保有会社に関するPPP(Public Private Partnership)事業の入札手続の開始が公表された。報道によれば、中国、韓国、欧州などの企業連合の参加が見込まれており、日本からも鉄道会社、商社、重工企業などを中心としたコンソーシアムによる参加が見込まれている。東南アジアにおけるクロスボーダーの高速鉄道建設としては初の国際的な入札ということもあり、その実施方法に注目が集まっていることから、本稿ではHSRプロジェクトのスキームについて紹介することとする。
1. プロジェクトの関係当事者
HSRプロジェクトの関係当事者としては、大きく①事業全体の実施主体であるインフラ会社(以下「InfraCo」という。)、②鉄道資産の保有会社(以下「AssetsCo」という。)及び③鉄道の運営会社(以下「OpCo」という。)の三種類に分類される。
- ① InfraCo
- InfraCoは、マレーシアの財務省(Ministry of Finance)が100%出資して設立された会社MyHSR Corporation Sdn. Bhd.(以下「MyHSR」という。)及びシンガポールの陸上交通省(Land Transport Authority)が100%出資して設立された会社SG HSR PTE. LTD.(以下「SGHSR」という。)という二つの公共の会社であり、それぞれの国の政府からHSRプロジェクトの実施主体として指名を受け、プロジェクト全体の開発、実行等を担っている。
- ② AssetsCo
- AssetsCoは、鉄道インフラの設計、建築、資金調達、維持管理を実施する主体として、今般MyHSR及びSGHSRが共同で開始した入札手続によって選定される民間の会社であり、線路、車両などの鉄道資産を保有する主体となる。
- ③ OpCo
- OpCoは、開発された鉄道インフラを使用して、鉄道の運営を実施する民間の会社であり、マレーシアとシンガポールの国境にかかる区間を運営する会社(OpCo International)とマレーシアの国内部分の運営をする会社(OpCo Domestic)の二社に分けてそれぞれ別途入札手続によって選定される予定である。
これらの当事者の関係を図式化すると以下のようになる。
(出典:MyHSR及びSGHSR共同プレスリリース「LAUNCH OF ASSETS COMPANY TENDER FOR THE KUALA LUMPUR–SINGAPORE HIGH SPEED RAIL PROJECT」Annex B(2017年12月20日))
2. プロジェクトの仕組み
HSRプロジェクトにおいてAssetsCoは、自ら資金調達を実施して、線路の整備、車両の調達、インフラ全体の維持管理等の責任を負うこととされている。AssetsCoが鉄道インフラを運営可能な状態で提供することで、InfraCoからアベイラビリティペイメントという形で報酬を受け取るという仕組みとなっている。このアベイラビリティペイメントとして支払われる金額で、HSRプロジェクトの線路等に係る資本的支出及び維持管理、更新等にかかる費用が賄われることが想定されている。また、AssetsCoは、車両等の資産をOpCoに貸し付けて、リース料を受け取ることで収益を得ることが想定されている。
OpCoは、InfraCoからコンセッションという鉄道運営をする権利の付与を受け、またAssetsCoから車両等を借り受けて、鉄道の運営事業を実施する責任を負うことが予定されている。そして、OpCoは、乗客から収受した運賃等から、InfraCoに対するコンセッションフィー及びAssetsCoに対する車両等のリース料などを支払うことが想定されている。
HSRプロジェクトでは、インフラの資産の保有会社と運営会社を分けるという、いわゆる上下分離方式の実施方法であることに加えて、クロスボーダーのプロジェクトということもあり、InfraCoが国ごとにMyHSRとSGHSRの二社に別れ、OpCoも運営区間によって区別されるという関係当事者の多い複雑な仕組みとなっている。東南アジア地域では複数の国際的な高速鉄道や高速道路の計画の検討が進められており、HSRプロジェクトのスキームは、今後他の国際的なインフラPPPプロジェクトのあり方を考えるうえでも参考になろう。
以上