弁護士の就職と転職Q&A
Q31「法律事務所がインハウスの応募を門前払いするのは時代遅れなのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
社内弁護士の拡大の背景には、「いきなりインハウス」(修習を終えて、法律事務所を経ずに、企業に就職した有資格者)の数の増加が寄与しています。こうした「いきなりインハウス」の中には、「やはり一度は法律事務所でも働いてみたい」と希望して、法律事務所の中途採用に応募する人も少なくありません。これまでは、書類選考で門前払いされることが通例でしたが、最近は、法律事務所側の対応にも変化が見られるようになってきました。その背景と考え方を整理してみたいと思います。
1 問題の所在
法律事務所におけるアソシエイトの中途採用で、理想の候補者とは「当事務所と同等以上のレベルの法律事務所で基礎的訓練を積んできたが、何らかの合理的理由で現事務所を辞めようとしてる弁護士」です。しかし、今は、大手法律事務所でパートナー昇進要件を緩和したり、「アップ・オア・アウト」を捨てて、パートナーとならなくとも、優秀なアソシエイトには「カウンセル」として長く働ける人事方針を打ち出したことが功を奏して、これら事務所からの転職希望者が減っています。
意中の候補者からの応募を得られない状況にしびれを切らした中規模以下の事務所にとっては、「理想的な経歴を持つ候補者を追い求めても仕方がない」「現実的な選択肢の中から、うちで活躍してくれそうな候補者がいるならば、掘り出したい」と考えて、書類選考の門戸を広げつつあります。そして、これまでは、書類選考で門前払いされていた「いきなりインハウス」でも、検討の対象とされることが増えて来ました。実際に、インハウスから法律事務所に移籍して活躍する実例が現れて来たことも、その流れを後押ししています。
インハウスの応募者は、「サラリーマン経験を通じて、優れたコミュニケーション能力を身に付けました」とアピールしがちですが、法律事務所にとっては、「まずは、アソシエイトとして、きっちりリサーチをしてドキュメンテーションができることが先決」「基礎的な能力も身に付けていない弁護士が営業を語るべきではない」という教育方針を捨てるわけにはいきません。また、いくら人手不足でも、インハウスの経験年数をそのまま引き継いで、シニア・アソシエイトとして採用することが難しいことには変わりはありません。そこで、インハウスの応募者を門前払いにはしなくとも、どのような視点を持って選考を行うべきかに関心が移ってきています。
2 対応指針
法律事務所は、インハウス経験をそのまま活かせる職場ではないため、本人には「新人からやり直す」という覚悟と「自分よりも修習期が若い先輩からの助言にも耳を傾けられる」という素直さが求められます。しかし、これは、インハウスからの採用に限った要件ではありません。別事務所で、自ら裁量をもって仕事を回している弁護士に、あらたに、当事務所の「お作法」を教え直すほうが困難なことも多いです。
「覚悟」や「素直さ」は、履歴書だけでは判断できない内面的要素ですので、採用選考には面接での目利きが問われることになります。
また、候補者よりも修習期が若い先輩アソシエイトが働いている場合には、「新人からやり直します」という気持ちに加えて、「先輩アソシエイトよりも秀でた特技」(例えば、英語力等)があると、「アソシエイトとしては、年次相応の経験が足りなくとも、この分野では一目置いてもらえる」という関係が成り立つので、修習期の逆転現象などの溝を埋めやすくなります。
3 解説
(1) 営業力
人材紹介業者は「インハウス経験が営業に役立つことをアピールしましょう」という作戦を立てがちです。しかし、現実には、所属していた企業が大きいほどにすでに一流事務所との関係が構築されているため、移籍先に案件を引っ張ってくるのは困難になります。特に「いきなりインハウス」の場合は、企業でビジネスパーソンとしての教育を受ける立場にいたのであり、「専門家たる弁護士」としての信頼を得ていたわけではありません。
もちろん、前職での人脈が役に立たないというわけではありません。移籍先の事務所に強固な専門分野があれば、「つなぎ」の役割を果たすことはできます(円満退職してくれたら、企業時代の上司と、法律事務所のパートナーとの会食をセッティングしてもらうこともありえます)。また、5年、10年経って、前職での同世代の友人たちが会社で裁量を持つポストに出世してくれた後には、外部弁護士として声をかけてもらえることもあります。
そのため、「インハウスの経験と人脈は営業に役立つ」というのは、中長期的な淡い期待に留めておいて、「すぐに案件を引っ張ってきてくれる」かのような過度な期待は抱かせないでおくほうが無難です。
(2) 業務遂行能力
法律事務所でM&Aや契約関係を担当することが求められている場合、仮に、インハウスとして同種類の業務を担当していたとしても、改めて法律事務所のアソシエイトとしての指導を受け直す必要があります。「年次を落とした扱い」を受けなければならないために、「今までの経験を捨てて、新人同様に指導に耳を傾ける素直さがあるか」は極めて重要です。
ただ、これは、「インハウスからの転向」に特有の問題ではありません。法律事務所経験者でも、個人依頼者の事件等を、自分の裁量で処理をすることに慣れてしまったアソシエイトに、後から、事務所流の「お作法」を教え込もうとすると、本人が不自由さを感じることもあります。この場合は、前職での経験値はゼロというよりもマイナスの価値を有することになってしまうので、むしろ、インハウスが「新人と同じように1から学びたい」という姿勢を示してくれるほうが「伸びしろ」を期待する余地があります。
リサーチや書面作成業務を鍛え直す必要はありますが、クライアント側で法務を担当していた経験は、決して無価値なわけではなく、移行期の苦労を乗り越えてくれたならば、実務のポイントを理解してくれている分だけ成長のスピードは早くなる期待があります。
(3) 修習期のバランス
インハウスからの採用は、「修習期に比べて法律事務所経験が足りない」ために、「誰が指導担当となるか」という問題は避けて通れません。
初めてのアソシエイトの採用であれば、「パートナーが指導に手間をかけられるかどうか」がポイントとなるだけですが、すでに先住民たるアソシエイトがいる事務所においては、アソシエイトの反発を招くおそれも生まれます。既存のアソシエイトが「業務多忙」の不満を抱いていると、「自分よりも期が下のアソシエイトを増やしてくれないと自分の仕事は楽にならない」「修習期が高い後輩には雑用を頼みにくい」と考えがちです。
そのため、既存のアソシエイトよりも年次が高いインハウスを候補者とする場合には、アソシエイトによる面接を設定する例も見受けられます(ただ、アソシエイトに人事の拒否権を与えることには賛否両論があります)。
「期の逆転現象」の溝を埋める工夫としては、既存のアソシエイトにとっては、「修習期が上の後輩」であっても、明らかに自分よりも優れた分野があれば(たとえば、英語力等)、仕事の仕方を教えるだけでなく、教えてもらえる関係も成り立つために、敬意あるコミュニケーションをとりやすいという傾向もあるようです。
以上