インドネシア:新規事業と法規制(1)
~配車アプリ事業、イーコマース事業、オンライン決済事業を例に~
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 福 井 信 雄
1. はじめに
近年の情報通信技術の急速な進歩に伴い、インターネットを介した様々な新しいサービスが民間企業のビジネスとして社会に提供され始めている。これらの新しいサービスの特徴は、インターネットを介することで容易に国境を跨いでサービスを提供することが可能な点であり、生産拠点を設けなければ事業活動が開始できない製造業型の事業とは海外投資の手法が質的に異なっている。
こういった新しいサービスの新興は、欧米の先進国に限った話ではなく、東南アジア各国でも急速な広がりを見せつつあり、インドネシアでも国内外の投資家や民間事業者が新しい情報通信技術の事業分野に参入する動きが活発に見られる。そして、新しい形態の事業や新しい分野の事業が広がっていく過程では、既存の法規制の概念や枠組みでは対応できない場合が多く、政府当局もその対応に負われている様子が見受けられる。なかでも外国投資家の視点から見た場合に留意すべき法規制には大きく①外資投資規制と②業規制に大別され、本稿ではインドネシアの新規事業に対するこれらの規制の現状について概観する。
(1) 外資規制
インドネシアの外資規制上、外国企業や外国投資家がインドネシア国内で事業を行う場合には、インドネシア法に準拠した株式会社をインドネシア国内において設立し、その株式会社を通して事業を実施しなければならないとされている。この「インドネシア国内で事業を行う」とは、インドネシア国内において何らかの生産活動その他の事業活動が行われることを意味している。従来型の事業モデルでは、何らかの生産設備やサービス拠点も置かずにインドネシア国内で収益を上げる事業活動が行われるという状況は想定されなかったため、このような規制の枠組みを置きインドネシア国内で設立された株式会社の事業活動を監督することで外資規制の実効性を確保できていた。ところが、今や情報通信技術の進歩とインターネット環境が整備されたことにより、国内に生産設備やサービス拠点を置くことなしに国外からインターネットを経由してサービスを提供することが可能になり、既存の外資規制の枠組みが必ずしも機能しない事態が生じているというのが、現在のインドネシアにおける外資規制の枠組みの問題点と言えよう。後述する配車アプリビジネスのように、業規制を通して現地法人を設立することを義務付けるといった対応を個別に採っている事業分野も出てきているものの、将来的には外資規制の枠組み自体を見直す可能性もあるのではないかと予想される。
(2) 業規制
新規事業が社会に広まっていく過程では、それを追随するような時間軸で徐々に業規制の整備が進んでいくのが常であるが、インドネシアではこれまでも新法の制定や既存の法制の現代化への対応が遅いことが投資環境の向上の観点から問題視されていた。(例えば、民法や民事手続法は未だにオランダ統治時代の立法からのアップデートがなされていない。)ところが、イーコマース事業や配車アプリ事業、フィンテック関連事業などの情報通信技術を使った新しい事業分野に関しては、監督官庁により相当迅速に業規制が導入されていることが近年の顕著な傾向として見られる。その理由を推測するに、一つはこれらの新規事業は既存事業とのコンフリクトを生み社会問題になることが往々にしてあり、特に行政府に対してその調整の役割を果たすことが期待されることが挙げられる。具体的にはイーコマース事業者と既存の小売業者との間での競合や、配車アプリ事業者と既存のタクシー事業者との間での競合が生じるといった事態が現実に発生し、監督官庁が新しい事業に対する業規制を導入することでその調整に乗り出すといった動きが見られる。もう一つの理由としては、これらの業規制の多くは法律レベルでは無く政省令レベルの法令として整備されることから、議会の決議が必要となる法律とは異なり、監督官庁単独での制定が可能である点も迅速な対応が可能な理由の一つと考えられる。ただ後述する配車アプリ事業者に対する運輸大臣令が制定後に法令違反を理由に一部無効と判示されるように、上位の法令との整合性が十分に検討されないまま導入されている場合もあり、法的安定性が担保されるにはまだまだ時間が掛かりそうな状況である。
次稿より各論として、個々の事業分野を例に挙げてさらに検討を進めていきたい。具体的には、2017年に比較的大きな動きや立法対応がなされた分野として、①配車アプリ事業、②イーコマース事業、③オンライン決済事業の3つを取り上げる。