インド:インド仲裁に改善の兆し?
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
インドを仲裁地とする仲裁については、世界的にも悪名が高い。
現行インド仲裁法(Arbitration and Conciliation Act 1996)はUNCITRALモデル法に準拠して制定されたものといわれており、確かに個々の条項もUNCITRALモデル法とほぼ同内容にみえる。
しかし、インド裁判所はUNCITRALモデル法の精神、就中、裁判所は仲裁手続を尊重し、極力非介入であるべきであるという原則にしばしば整合しない形で仲裁手続への「介入」を繰り返してきた。その最たる例がたとえ外国仲裁(インド国外を仲裁地とする仲裁)であっても、その元となる仲裁合意が明示的にインド仲裁法の適用を排除していない限り、仲裁判断取消を含むインド仲裁法の適用を認める最高裁判例の存在である。これにより外国仲裁判断であってもインド裁判所によって取り消されるリスクに外国当事者はさらされることになった。
このような判例は幸い2012年9月6日の最高裁判例(通称BALCO事件判決)で明確に覆された。しかし、同判決日以前に締結された仲裁合意に関する紛争については、依然として従前の最高裁判例に従うものとされており、まだ問題が完全に解消されたとはいえない。
また、BALCO事件判決は、外国仲裁に関しては、インド仲裁法に規定する暫定保全措置の適用もまた認められないことを示した。したがって外国仲裁の場合には、インド国内の財産の仮差押などを行いたい場合でも、インド裁判所の助力が得られないこととなる。
他にもインド仲裁については、過度の手続遅延を含め問題が多数あげられる。このような問題意識はインド国外のみならずインド国内でも少なからず共有されており、現在インド仲裁法の改正に向けた動きが進んでいる。
2014年8月に出されたインドLaw Commissionのレポートがこのような改正の動きに先鞭を付けた。同レポートにおいては、BALCO事件判決が示した外国仲裁への原則非介入の立場を明確にするとともに、外国仲裁に関しても保全措置の利用を可能とする法改正の提案などがなされている。
報道などによると、インド政府は、Law Commissionレポートを参考としつつ、迅速な仲裁法改正を図るため、通常の国会手続ではなく、緊急の要請がある場合に認められる大統領令(Ordinance)に基づく法改正を2014年末頃に目指したようである。しかし、結局立法の緊急性について大統領の理解を得られなかったようであり、このような試みは頓挫したようである。
同じく報道などによると、改正法案には、一つの目玉として、手続迅速化のため、仲裁人に原則9ヶ月以内での紛争解決の義務付けや、仲裁人報酬の制限などの規定が盛り込まれていたようである。しかしこれらの提案は、裁判官(現状インド仲裁においては元裁判官が仲裁人を務めるケースが多い)などの強い反対を受けているようである。
今後どのようなスケジュールで立法が諮られるか、またその改正内容はどういう方向に向かうのかは未だ不透明である。現行法に基づくインド仲裁の機能不全が外国企業の投資活動の足かせとなっていることは明らかであり、さすがに現行インド仲裁法を後退させるような改正がなされるとは考えにくいが、各所の利害調整の結果、微修正に止まる可能性もある。また、相当程度の改正が図られたとしても、運用において結局裁判所が旧態依然の解釈を維持しようとする可能性も残る。
仮に改正法が施行されたとしても、極力インド国内仲裁は避け、第三国仲裁によるべきという大方の外国当事者の考え方の流れが大きく変化するとは余り考えにくいものと思われる。