◇SH1616◇法人の刑事責任を認めるアルゼンチンの新しい腐敗防止法 古梶順也(2018/02/01)

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法人の刑事責任を認めるアルゼンチンの新しい腐敗防止法

西村あさひ法律事務所

弁護士 古 梶 順 也

 

1. はじめに

 2017年12月1日、アルゼンチンにおいて新しい腐敗防止法(法律第27,401号。以下「本法」という。)が官報により公布された。

 アルゼンチンにおいては、これまで贈賄や一定の公務員が関与する犯罪について刑事責任を負うのは行為者(自然人)のみであったが、本法は、これらの犯罪に関与した法人の刑事責任を新たに認めるものとなっている。本法は、マクリ政権が進める腐敗防止政策の一環として制定されたもので、アルゼンチンが署名している「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(OECD外国公務員贈賄防止条約)」に定められた誓約事項の一つを達成するものとなっている。

 本法は、日本企業のアルゼンチンにおけるコンプライアンス体制を見直す必要性を生じさせる内容を含むもので、アルゼンチンに進出する又は進出を考える日本企業にとって重要であると考えられることから、本稿においてその概要を紹介する。

 なお、本法は、官報により公布された日から起算して90日後に発効するとされているため、2018年3月2日に発効すると考えられる。

 

2. 本法の概要[1]

 本法は、アメリカのForeign Corrupt Practices Act(いわゆるFCPA)や英国のBribery Actといった他国の重要な腐敗防止法をモデルとしており、概要は以下のとおりである。

(1) 企業の刑事責任

 本法の下では、企業は、贈賄や一定の公務員が関与する犯罪行為[2]の発生に直接若しくは間接的に関与した場合、又は、当該犯罪行為が当該企業の名義で若しくは当該企業の利益のために行われた場合、当該犯罪行為について責任を負う。当該犯罪行為を行った個人が当該企業の役職員である場合のみならず、第三者が当該企業の利益のために当該犯罪行為を行った場合も、企業は責任を負うこととされている。但し、個人が自らの利益のためだけに犯罪行為を行い、企業が当該犯罪行為に関して一切の利益を享受しなかった場合には当該企業は責任を負わない。

 本法に基づく企業の責任は、実際に犯罪行為を行った個人の責任とは完全に独立したものとされている。したがって、実際に犯罪行為を行った個人が有罪とされない場合や、そもそも当該個人を特定できない場合であっても、企業は依然として本法に基づき責任を負いうる。

 また、本法に基づき責任を負う企業が合併や会社分割等の組織再編行為を行った場合、承継企業が当該責任も承継することとされている。

(2) 制裁

 本法に基づき責任を負う企業は、以下の制裁を科されうる。

  1. (ⅰ) 犯罪行為により獲得された又は獲得されるはずだった不正な利益の額の2倍から5倍に相当する額の罰金
  2. (ⅱ) 10年を超えない範囲における事業活動の全部又は一部の停止
  3. (ⅲ) 10年を超えない範囲における公共事業・公共サービス等に係る入札手続や契約への参加の禁止
  4. (ⅳ) 解散及び清算(当該犯罪行為を遂行することが当該企業の主たる活動である等の一定の場合に限る。)
  5. (ⅴ) 政府から提供される補助金等のベネフィットの喪失・停止
  6. (ⅵ) 有罪判決文の公表

 なお、当該企業に科される制裁の内容は、(a)内部規則・手続違反の有無、(b)犯罪行為関与者の数・職位、(c)犯罪行為関与者の行為に対する警戒に関する怠慢の有無、(d)引き起こされた損害の程度、(e)犯罪行為に係る金額の多寡、(f)企業の規模、性質及び経済力、(g)内部調査の結果に基づく当局に対する即時の自主的申告の有無、(h)犯罪行為発生後の対応、(i)損害の軽減及び回復のための措置の有無、及び(j)常習性といったような事情を考慮の上、裁判官により決定される。

 以上の制裁に加えて、犯罪行為によって生じた又は犯罪行為によって得た物・資産は没収の対象となる。

(3) 制裁の免除

 本法は、本法に基づき責任を負う企業が一定の条件の下で上記(2)の制裁を免れることを認めている。

 具体的には、(ⅰ)犯罪行為を自ら発見し、即座に自己申告すること、(ⅱ)犯罪行為が発生する前に適切なコンプライアンス・プログラムが策定されており、かつ、当該犯罪行為の遂行に際して当該コンプライアンス・プログラムを突破するために労力を要したこと、(ⅲ)犯罪行為により獲得された不正な利益を返還すること、という要件が充たされた場合、当該企業は本法に基づく制裁から免れる[3]

 これらの要件の一部のみが充足されている場合は、企業は当該免除の対象とならないが、充足された要件が上記(2)の制裁内容を決定する際に考慮されることとなる。

(4) コンプライアンス・プログラム

 本法は、企業に対して、本法に定める犯罪行為の遂行を防ぐための手続等を定めたコンプライアンス・プログラム(本法においてはPrograma de Integridadと呼ばれている)を策定する直接的な義務を課すものではない。しかしながら、上記(3)のとおり、企業が適切なコンプライアンス・プログラムを策定していることは、企業が本法に基づく制裁を免れるための一要件となっている。これに加えて、本法は、企業が、政府との間で、Public-Private Partnership契約やコンセッション契約等の一定の契約を締結するための条件として、適切なコンプライアンス・プログラムを策定していることを求めている。そのため、本法が求める内容を充たす適切なコンプライアンス・プログラムを策定することは非常に重要である。

 本法においてコンプライアンス・プログラムは、まず、当該企業が行う事業活動に特有なリスク、企業の規模及び経済力に適したものであることが求められており、その上で、以下の要素を含むことが求められている。

  1. (ⅰ) 全ての役職員に適用され、本法に定める犯罪行為の遂行を防ぐために必要な義務を定める倫理規範、行為規範その他の政策
  2. (ⅱ) 入札、公的機関との契約の締結その他の公的機関とのやり取りにおける犯罪行為を防ぐための特別なルール
  3. (ⅲ) 役職員にプログラムを周知・徹底するために必要な定期訓練

 さらに、当該プログラムには、(a)定期的なリスク分析及びその結果に基づくプログラムの変更、(b)トップ・マネジメントによる明確なプログラムの支持、(c)適切な内部通報制度の整備、(d)内部告発者に対する報復等からの保護、(e)調査対象者の権利を尊重し倫理規範違反者に制裁を科す内部調査メカニズム、(f)サプライヤー、エージェント等の第三者や事業パートナーと契約する際に実施するバックグラウンドチェック、(g)M&Aを実施する際の、関連当事者の潜在的な違法行為又は脆弱性を評価するためのデュー・ディリジェンス、(h)プログラムの実効性に対する継続的モニタリング及び評価、(i)プログラムの策定・調整・監督について責任を負う社内コンプライアンス役員、(j)当該企業の事業活動に対して強制力を有する公的機関等が発令する、プログラムに適用される規制の遵守、といった要素をも含めることができるとされている。

(5) 検察との協力合意

 本法に基づき責任を負う企業は、公判前に限り、検察との間で交渉の上、Acuerdo de Colaboración Eficazと呼ばれる協力合意を締結することができる。

 当該協力合意を締結した場合、企業は、発生した犯罪行為に関連する事実を明らかにし、当該犯罪行為に関与した者を特定し、また当該犯罪行為によって獲得された不正な利益を回復するために必要な明確で有益かつ正確な情報を提供する義務を負う。

 当該協力合意においては、検察に提供すべき情報が特定されるほか、企業が、(i)上記(2)(i)に定める罰金の最低額の半分に相当する額を支払うこと、(ii)犯罪行為によって得た物・利益を返還すること、及び(iii)有罪判決を受けていれば没収されたであろう財産を国に引き渡すことが条件として定められる。また、これに加えて、企業が、(a)発生した損害を回復するために必要な措置を取ること、(b)地域社会に対して奉仕活動を提供すること、(c)犯罪行為に関与した個人に対して懲戒処分を行うこと、及び(d)コンプライアンス・プログラムを策定・改善することが条件として定められる場合もある。

 当該協力合意は、検察及び企業により締結された後、裁判官による承認を受ける必要がある。裁判官がこれを承認する場合[4]、企業は、当該協力合意の条件として規定されていない制裁から免れることとなる。他方で、裁判官が当該協力合意を破棄した場合には、通常の訴追手続が進行することとなっている。

以 上

 

  1. (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

 


[1] 本稿の作成にあたって、アルゼンチンの法律事務所であるMarval, O’Farrell & MairalのJuan Manuel Naveira弁護士より多大な助言と協力を受けた。ここに深く感謝の意を表したい。但し、本稿の内容に関する責任は筆者のみに帰せられる。

[2] 具体的には、(ⅰ)国内における又は国際的な贈賄、(ⅱ)公務員による他の公務員に対する利益誘導、(ⅲ)公務員によるその公的立場と矛盾する交渉、(ⅳ)公務員による不正な金銭の取立て、(ⅴ)公務員による不正な蓄財、並びに(ⅵ)(ⅰ)及び(ⅱ)を隠匿するための財務書類・報告の改竄、といった行為が本法の対象となる犯罪行為に該当する。

[3] 本法の法文上は、当該要件が充たされれば「制裁及び行政責任(responsabilidad administrativa)」から免除されると規定されているものの、「行政責任の免除」について何を意味をするのか定かではない。そのため、本稿においては、単に「制裁の免除」についてのみ記載することとしている。

[4] 当該承認を受けるまで、当該協力合意に係る交渉又は交渉に関してやりとりされた情報は厳に秘密として取り扱わなければならないとされている。

 

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