アルゼンチンにおける税制改革
投資を呼び込むための税制改正(1)
西村あさひ法律事務所
弁護士 古 梶 順 也
1. はじめに[1]
アルゼンチンにおいては、2017年10月の議会中間選挙における勝利によって改革路線に対する国民の信任を得たマクリ政権が、財政・年金・税制・労働規制といった分野において新たな改革案を公表し、国会での審議が進められている。こうした中、税制改革について定める改正法案が国会において承認され[2]、2017年12月29日に、法律第27,430号(以下「本改正法」という。)として官報により公布された。
アルゼンチンにおける税負担の重さは、日本企業を含む外国企業がアルゼンチンに進出する際の大きな障害の一つと考えられていたが、本改正法に基づく税制改革は、アルゼンチンの税制をより公平・効率的・現代的なものにし、アルゼンチンに対する投資を促進することやアルゼンチンの経済的競争力を向上させることを目的としている。実際、本改正法には、法人所得税率の低減や固定資産投資に関するVATの早期還付手続の創設などアルゼンチンに対する投資を促進することを企図した改正や、雇用者負担の社会保障負担金に関する免除額の創設や重畳的課税の低減といったアルゼンチンにおける事業コストを低減することを目的とする改正が含まれており、アルゼンチンに進出する又は進出を考えている日本企業にとってポジティブな内容を含んでいる。
本改正法は、その内容が多岐にわたるためその全てを紹介することはできないが、本稿においては、アルゼンチンに進出する又は進出を考える日本企業にとって重要だと考えられる改正点を中心に紹介する。
2. 重要な改正点
(1) 法人所得税率の低減及び配当税の新設
アルゼンチンにおいては、従前、法人所得税率が35%と中南米諸国の中でも最も高く、アルゼンチンに進出する多くの外国企業を悩ませていた。本改正法による最も重要な改正点の一つとして、本改正法は、当該法人所得税率を段階的に35%から25%に減少させる。具体的には、従前の35%の税率を、2018年1月1日から2019年12月31日までの間に開始される事業年度については30%に減少させ、2020年1月1日以降に開始される事業年度については更に25%に減少させる。
他方で、本改正法は、新たに配当に係る源泉徴収税を新設する[3]。その内容として、2018年1月1日から2019年12月31日までの間に開始される事業年度において発生した利益に係る配当に対しては7%、2020年1月1日以降に開始される事業年度において発生した利益に係る配当に対しては13%の源泉徴収税を課す。なお、当該源泉徴収税は、内国法人に対する配当には適用されない。
当該改正により、12月31日を事業年度の末日とする法人に適用される法人所得税率及び配当税率は、以下のとおりとなる。
事業年度 | 法人所得税率 | 配当税率 |
2017年12月期 | 35% | 0% |
2018年12月期及び 2019年12月期 |
30% | 7% |
2020年12月期以降 | 25% | 13% |
その結果、配当に回される利益に関する実質的な税負担率は引き続き35%に近い税率が維持される一方で[4]、配当の対象とならず再投資に回される利益については、最終的な税負担率が35%から25%に軽減されることになる。これにより、アルゼンチン国内における再投資が促進されることが期待されている。
(2) 雇用者負担の社会保障負担金についての変更
アルゼンチンにおいて、雇用者は、毎月、各従業員の給与額に税率(当該税率は事業内容及び売上高に応じて21%又は17%と異なる)を乗じることによって得られる金額の社会保障負担金を負担しなければならない。当該雇用者負担の社会保障負担金の負担は重く、アルゼンチンにおいて社会保障システムに登録されていない就業者(インフォーマルセクター)を増加させる原因となっていた。
本改正法は、雇用者が負担する社会保障負担金の額を算定する際に、その算定の基礎となる給与額から差し引かれる免除額を新設する。具体的には、以下のとおり、2018年から2022年まで当該免除額を段階的に引き上げ、雇用者が負担する社会保障負担金の額を縮小させる。
他方で、従前、事業内容及び売上高に応じて21%又は17%と異なっていた社会保障負担金に係る税率についても、以下のとおり、段階的に19.5%に統一する。
年度 | 免除額(ARS) | 税率 |
2017年 | 0 | 17.0% or 21.0% |
2018年 | 2,400 | 17.5% or 20.7% |
2019年 | 4,800 | 18.0% or 20.4% |
2020年 | 7,200 | 18.5% or 20.1% |
2021年 | 9,600 | 19.0% or 19.8% |
2022年以降 | 12,000 | 19.5% |
※当該免除額は、消費者物価指数(Indice de Precios al Consumidor)に従いインフレ調整がかけられる。
これにより、(特に低賃金労働者に対する)雇用コストの低減と正規雇用者の増加が期待されている。
(3) 固定資産投資に関するVATの早期還付制度の創設
アルゼンチンにおいては、国内に提供・輸入等された物品・サービスに関してImpuesto al Valor Agregadoと呼ばれる付加価値税(VAT)が課せられるが[5]、事業者が、提供する物品・サービスの仕入れ・調達に際して支払ったVAT(いわゆる「Input VAT」と呼ばれる。)については、当該事業者が、物品・サービスを販売する際に販売先から徴収し税務当局に納めるVAT(いわゆる「Output VAT」と呼ばれる。)に対する税額控除として利用できる。
しかしながら、特に設備投資等を実施した際に生じるInput VATについては、物品・サービスの販売を開始して実際にOutput VATが発生し、当該Output VATの税額控除として利用できるまでに時間がかかり、これは事業者に対して大きなファイナンスコストを生じさせる原因となっていた。
本改正法は、固定資産(自動車を除く)に対する投資から生じたInput VATについて、6ヵ月以内にOutput VATに対する税額控除として利用できなかった場合における早期の還付制度(返還制度)を創設する。当該制度の詳細は、別途制定される規則において定められる予定であるが、当該制度により税額控除に利用できないInput VATの還付が早期に認められることにより、事業者のファイナンスコストが軽減され、設備投資等を行うインセンティブとなることが期待されている。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] 本稿の作成にあたって、アルゼンチンの法律事務所であるMarval, O’Farrell & Mairalの諸弁護士より助言と協力を受けた。ここに深く感謝の意を表したい。但し、本稿の内容に関する責任は筆者のみに帰せられる。
[2] 財政改革に関する財政責任法(法律第27,428号)や年金改革に関する年金改革法(法律第27,426号)についても2017年12月に国会において承認されている。
[3] 従来、配当に関して課せられていた平衡税(Impuesto de Igualación。通常の法人所得税の課税対象とならなかった部分の利益に係る配当について35%の税率で課される源泉徴収税)は、本改正法により廃止された。
[4] 例えば、2020年12月期に係る利益のうち、100の利益を配当に回すと仮定する場合、当該100の利益のうち、まず100×25%=25が通常の法人所得税として徴収され、更に残りの75のうち75×13%=9.75が配当税として徴収される。それゆえ、100の配当に回される利益のうち、25+9.75=34.75%が実質的に課税の対象となる。
[5] VATの通常の税率は、21%となっている。