メキシコにおける新たな法人形態 (Sociedad Por Acciones Simplificada)
西村あさひ法律事務所
弁護士 梅 田 賢
1. はじめに
これまで、メキシコの会社法においては6種類の事業体が規定され、一般には、合同会社(Sociedad de Responsabilidad Limitada: S. de R.L.)と株式会社(Sociedad Anónima: S.A.)の2つの形態が利用されており、日本企業による現地法人設立の場合には、株式会社(S.A.)によるのが通常である[1]。かかる状況の中、2016年9月15日、新たな法人形態として簡易株式会社(Sociedad Por Acciones Simplificada) (以下「SAS」という。)を創設する旨の会社法改正が施行された。そこで、本稿においては当該新たな法人形態であるSASの概要について紹介したい。
2. SASの概要について
SASは、スモールビジネスによる組織化を促進するため、会社設立手続を簡易化し、また、他の法人形態では認められていない1人株主を可能とする制度を設計するといった目的で創設された[2]。これにより、これまでメキシコにおいて会社形態を採らずに行われていたビジネスが、会社形態を採用し、また、メキシコ国内における雇用機会が増加することが期待されている。
他方で、SASはあくまでスモールビジネスを対象としている会社形態であることから、他の法人形態とは異なる大きな制限がある。具体的には、法人はSASの株式を保有することができず、さらに、年間所得についてMXN$5,000,000を超えてはならないとの制限がある[3]。当該所得制限を超える場合に、SASは他の法人形態に組織変更する必要があるところ、所得制限を超えたにもかかわらず組織変更をしない場合には、SASの株主は第三者に対して連帯して責任を負うことになる(有限責任ではなくなる)。
以下、かかるSASの概要を紹介する。
概 要 | 備 考 | |
設立 |
経済省の電子手続を利用して設立される。 |
少なくとも一人の株主が社名の使用について経済省から許可を受け、また、全ての株主が、拡張電子署名(FIEL)を取得することが必要[4]。 他の法人形態と異なり公正証書を作成することなく設立手続を完了させることができることから、時間・コストの双方の側面で、設立が容易となった。 第三者に対して対抗するためには、商業登記所に登記することが必要となるが、当該登記手続も電子手続を通じて行われる。 |
株主 |
1人株主でも設立可能。 |
但し、株主は自然人である必要がある(法人は株主となれない)。また、外国人であっても株主となることができる。 なお、SAS以外の会社の株式を所有していることにより、SASのコントロール又は経営に影響を及ぼすような場合、当該SAS以外の会社の株式を保有している者は、SASの株主となることはできないとされる。 |
株主総会 |
SASに株主が2人以上いる場合、株主総会がSASの最高機関となる。また、株主総会は電子的に行うことが可能となった[5]。 |
他方、株主が1人の場合は、当該株主がSASの最高機関となる。 なお、SASにおいては、議決権制限株式や、優先株は認められていない。 |
代表権 |
株主の中から、業務執行者を選任する必要があり、当該株主が代表権を有する。 |
業務執行者は1人とされる。 |
出資者の責任 |
原則として有限責任。 但し、年間所得がMXN$5,000,000[6]を超える場合、他の法人形態に組織変更する必要がある。 また、当該年間所得の上限額は、毎年、経済省により更新される。 |
上記のとおり、年間所得がMXN$5,000,000を越えたにもかかわらず、法人形態を変更しない場合、SASの株主はSASの責任を連帯して負うことになる。 上記にかかわらず、SASの刑事責任については株主も連帯して責任を負う。 |
準備金 |
法定準備金は不要。 |
準備金が不要であることは、債権者がSASと契約を締結することを妨げ、SASの成長に影響があるのではないかとの指摘もされている。 他の法人形態の場合、一定額を準備金としてプールすることが必要となる。 |
計算書類 |
業務執行者は、毎年、計算書類を電子手続を通じて提出することが必要。 |
2年続けて当該義務を怠った場合、SASの解散原因となる。 |
その他 |
SASに関する規定と矛盾しない限り、会社法の他の規定がSASにも適用されることとなる。 |
例えば、合併、組織変更、スピンオフ、解散・清算等の規定が適用される。 |
以 上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] SH0531 メキシコにおける主な法人形態 清水 恵 参照。また、合弁形態でメキシコに進出する場合には、Sociedad Anónima Promotora de Inversión(投資促進会社:SAPI)と呼ばれる会社形態が利用される場合もあるが、かかる形態については、SH0856 メキシコにおける合弁会社の法人形態の選択:SAとSAPI 清水 恵 を参照されたい。
[2] 例えば、合同会社(S.de.R.L.)においては、出資者は2名以上50名以下とされ、株式会社(S.A.)においては、株主は2名以上である必要がある。
[3] これらの制約により、SASは「日本企業の当地進出事案においては利用価値に乏しい制度となっている」との指摘もされている(日本貿易振興機構(ジェトロ)メキシコ事務所『メキシコにおける会社設立と清算の基本』(2016年3月)6頁)。
[4] 社名使用許可や拡張電子署名(FIEL)の取得が完了している場合、SASの設立自体は1日で完了するとされている。
[5] 株主総会の招集についても、電子手続を利用して業務執行者により行われる。
[6] 2016年11月4日時点の為替レートをベースとした場合、日本円では約2,700万円相当額に過ぎない(MXN$1あたり5.4円で計算)。