コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(46)
―やらされ感の克服②―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、コンプライアンス活動を進める上で組織成員に生まれる「やらされ感」がなぜ生まれるかについて、移行過程のマネジメントで取り上げた「抵抗・混乱・対立」の組織現象に関連する個人の心理的側面に注目して考察した。
今回は、その続きとして、組織成員の「当事者意識の欠如」について考察する。
【やらされ感の克服②】
1. 「マンネリ化」や「やらされ感」はなぜ、どのように発生するのか
(2) 当事者意識の欠如
コンプライアンスの重要性を理屈で理解できても、価値観の転換ができず行動に結びつかない理由の1つに、当事者意識の欠如がある。コンプライアンス強化の取組みは組織の上層部が立場を守るためにやっていることで自分たちには特に関係ない、コンプライアンスなど当たり前のことで特に意識して取り組む必要もない、などと考え、コンプライアンス強化の取組みに心理的一体感を持つことができない場合である。
その理由としては、成員が法や社会環境の変化に無知である場合と、組織そのものへの関与が薄い場合とが考えられる。
前者の場合は、組織を取り巻く社会環境の変化(行政による事前規制から法による事後規制への転換、国際的な基準を踏まえた各種法令等の急速な整備の進展等)に、本人や所属組織が鈍感なため、認識不足や情報不足に陥っている場合である。
そのような場合には、経営トップやコンプライアンス部門は、あらゆる機会をとらえてコンプライアンスの必要性や組織としての取組み方針、重点活動計画などについて啓発しなければならない。
大多数の組織は、既にコンプライアンスの重要性を認識する段階は終了していると考えがちだが、現実には、近年も、有名大企業の組織ぐるみのコンプライアンス違反が連続して発覚したように、必ずしも組織全体に浸透していない。
また、後者のように、成員の組織そのものへの関与が弱いため、組織が真剣に取り組んでいるテーマへの関心が薄いケースでは、なぜ、どんな場合に組織成員は組織に対するコミットメントが低くなるのかについて考察し、対応策を実施する必要がある。
高木[1]は、「組織に情緒的にコミットしている従業員は、その組織を去る可能性が低いと言う関係は繰り返し報告されてきた」と述べ、一般に、従業員の組織に対する感情面でのコミットメントが組織への帰属意識を高める(主体的にかかわる)ことに影響を与えると、指摘している。
これらの視点をヒントに当事者意識の欠如を考察すると、
- ① 従業員が組織の理念・ビジョンに共感できない場合
- ② 職場の人間関係がスムーズでないと感じている場合
- ③ 意思決定に参加できないことに対する不満を持つ場合
- ④ 職務への満足度が低い場合
- ⑤ 組織からのサポートを受けていることを自覚できない場合に、
組織へのコミットメントが低く、そのような状態のときには組織のコンプライアンス強化の取組みに対しても自発的になれず、「やらされ感」が強まるのではないかと思われる。
さらに、倫理観の問題もある。倫理観の強い組織成員は自己の価値観に照らしてコンプライアンス強化の取組みにコミットしやすいが、そうでない者にとってはコンプライアンスの取組みはコミットしがたい窮屈なものとして違和感を覚えることも考えられる。
したがって、新規採用する場合は、入社希望者がコンプライアンス意識を持っているかどうかをチェックポイントの1つとする必要がある。
(3) 組織としての問題点
これまでの(1)、(2)の考察では、「やらされ感」の発生原因を、組織成員の心理的側面に焦点をあてて考察した。個人の心理的側面も突き詰めて考えると、組織そのものに問題がある場合が考えられる。
すなわち、組織そのものに問題があるために、成員が「やらされ感」を発生させるという見方もできる。
(3)では経営者のリーダーシップや組織の意思決定プロセス等、組織行動そのものに焦点を当てて考察する。
筆者は、不祥事発生原因の分析において、経営トップの認識と行動に問題がある場合に不祥事が発生しやすいことを論じた(後述する)経験がある。
組織成員が経営トップのコンプライアンスへの取組みの脆弱性や言行不一致等、『経営トップの認識と行動に問題がある』と感じた場合には、組織成員のコミットメントを失わせ、組織の掛け声だけのコンプライアンス強化の取組みに「やらされ感」を感じることになる。
したがって、次回は、経営トップのリーダーシップをはじめとした組織行動の問題点と「マンネリ化」や「やらされ感」の関係を考察するとともに、組織の成員であるという認識が自らのアイデンティティの形成に関わるという「組織アイデンティティ」の概念と「マンネリ化」や「やらされ感」の関係を考察する。