SH5185 タイ:気候変動法の制定に向けた最新動向(上) 佐々木将平(2024/11/11)

組織法務サステナビリティ

気候変動法の制定に向けた最新動向(上)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 佐々木 将平

 

1 はじめに

 タイ政府は、2050年までに二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)、2065年までに温室効果ガス排出のネットゼロを、それぞれ達成することを目標として掲げている。かかる目標達成に向けた取組みのひとつとして、気候変動対策に関する法令(Climate Change Act)の制定に向けた検討が進められており、天然資源環境省の気候変動環境局(以下「DCCE」)が公表した法案について、2024年2月から3月にかけてパブリックヒアリングが実施された。本稿では、本法案により導入が予定されている制度及び規制の概要について、民間事業者に適用され又は関連する部分を中心に、紹介する。

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2 温室効果ガスデータベースの構築

 温室効果ガス排出量を正確に評価し、対応するために、DCCEが、国の温室効果ガスデータベースを構築することとされている。当該データベースは、所定の削減計画期間中に、人間活動から生じる温室効果ガス排出量、自然活動及び人間活動によって吸収される温室効果ガスの量、並びに、温室効果ガスの正味量の詳細といった情報により構成される。それらの情報は、主として、農業協同組合省、エネルギー省、工業省などの8つの政府機関、及び温室効果ガス情報を保有する可能性のあるその他の機関から収集される。これに加えて、DCCEは、必要に応じて、民間部門(エネルギー産業の事業者や、省エネルギー促進法に基づく管理対象の工場や建物の所有者等)に対し、その温室効果ガスデータを報告するよう要求することができる。

 また、民間法人及び公的法人に対しては、温室効果ガスの排出量及び再吸収量を測定し、報告書(以下「温室効果ガス報告書」)を提出する義務が課される。温室効果ガス報告書には、温室効果ガスの排出、貯留及び再吸収の量、測定計画、排出削減計画、並びに、排出削減のために過去に行った措置などの情報を記載しなければならない。当該報告書は、タイ温室効果ガス管理機構(以下「TGO」)の認定を受け、毎年末から3ヶ月以内に提出することが求められ、報告者は、提出後少なくとも7年間、報告書及びすべての関連文書を保存しなければならない。

 温室効果ガスの排出量及び再吸収量は、公共のアクセスのために公表することができる。もっとも、報告者が、当該公表が営業秘密に重大な影響を及ぼすと判断した場合には、これらの詳細の公表を差し控えるよう、DCCEに対して申し立てることもできる。

 

3 排出量取引制度

 本法案においては、いわゆるキャップ・アンド・トレード型の排出量取引制度(ETS:Emission Trading System)の導入についても規定されている。DCCEは、同制度の監督管理を行うとともに、3年以上の期間を設けて、温室効果ガス排出枠割当計画(以下「排出割当計画」)を策定することとされている。計画には、事業の種類や性質ごとの、割当対象となる温室効果ガス排出枠の総数、排出枠の数、各年の割当の時期、基準、方法、及び、管理対象となる温室効果ガス排出活動の範囲などの詳細が規定される。

 本法案の下では、排出枠に対する権利が、証券取引法に基づき購入、売却又は取引が可能な譲渡可能資産と認められている。DCCEは、まず、DCCE委員会及び排出割当計画で規定されている特定の基準、量、期間、方法に基づき、管理対象となる事業体(以下「管理対象事業体」)[1]に対して温室効果ガス排出枠を割り当てる。管理対象事業体は、実際の排出量が割り当てられた排出枠を下回る場合、その差分を別の管理対象事業体に売却することができる。また、DCCEの承認を得て将来の排出枠を借り入れたり、将来の使用のために排出枠を留保したりすることも認められている。さらに、管理対象事業体は、カーボンクレジットや炭素税の支払いの証拠を、排出枠(カーボンオフセッティングクレジット)に変換することもできる。

(下)につづく


[1] 別途省令により定められる、特定の種類の事業に従事し、温室効果ガスの排出に直接又は間接に関与する、民間又は公的な法人をいう。これらの事業体は、DCCEに登録しなければならない。管理対象事業体として定義されていない事業体であっても、自ら申請して、管理対象事業体とみなすことの許可を求めることもできる。

 

(ささき・しょうへい)

長島・大野・常松法律事務所バンコクオフィス代表。2005年東京大学法学部卒業。2011年 University of Southern California Gould School of Law 卒業(LL.M.)。2011年9月からの約2年半にわたるサイアムプレミアインターナショナル法律事務所(バンコク)への出向経験を生かし、日本企業のタイ進出及びM&Aのサポートのほか、在タイ日系企業の企業法務全般にわたる支援を行っている。タイの周辺国における投資案件に関する助言も手掛けている。

 

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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