◇SH3391◇ベトナム:知的財産権侵害への対策(2) 鷹野 亨(2020/11/18)

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ベトナム:知的財産権侵害への対策(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鷹 野   亨

 

 本稿では、前稿に続き、ベトナムにおける知的財産権侵害への対策について、2020年の現況を含めて、説明したい。

 

4. 知的財産権のエンフォースメント

 知的財産権が侵害された場合に取り得る対策として、①任意による解決、②行政措置、③刑事措置、④民事訴訟、⑤水際措置、⑥インターネット上の侵害対策の手段が考えられる。  

 以下では、前項に続き②行政措置からご説明する。

 

(2)行政措置

 模倣品の摘発を行う場合には多く活用されており、刑事措置や民事訴訟よりも低コストで実施できるとされている。複数の機関が行政措置機関として挙げられるが、中心的な役割を果たすのは市場管理局である。もともとは商工省の一部門であったが、首相決定34/2018/QD-TTg号により、市場管理局を統率する新たな組織として市場管理総局(Vietnam Directorate of Market Surveillance)が設置され、権限の集約化・強化が図られている。

 2020年3月に、ホーチミン市の市場管理局が、観光地としても有名なベンタイン市場で大規模な模倣品摘発を行うなど、権利執行には積極的な面も窺える。もっとも、行政機関が自主的に証拠収集や摘発を行うことは珍しく、権利者にて、侵害者の特定も含め証拠をある程度固めた上で当局に摘発を働きかける必要がある。

 行政措置が行われた場合には、各種罰金に加え、営業停止や侵害品の没収等の措置が取られる(政令99/2013/NĐ-CP号3条)。

 行政措置を行う場合、当局から、知的財産権侵害事件に関係する鑑定を行う専門機関であるベトナム知的財産研究所(VIPRI:Vietnam Intellectual Property Research Institute)の鑑定結果を証拠として求められることも多い。VIPRIでは、NOIPの元審査官等が鑑定を担当しており、知的財産法に基づいて類否判断等を行う。VIPRIの鑑定結果自体に法的拘束力はないが、行政措置やその他エンフォースメントを行う上で、その証拠価値は重視される傾向にある。

 

(3)刑事措置

 一般的には行政罰より刑罰の方が重い処分であるため、侵害者に対する抑止力としては行政措置より刑事措置の方が効果はある。しかしながら、行政措置に比べて、公安(警察)が知的財産権侵害事案に対して積極的に動くことは珍しく、刑事案件として起訴される件数は少ない。

 

(4)民事訴訟

 ベトナムにおいても、日本同様、知的財産権侵害の場合の差止請求・損害賠償請求について規定されており、損害賠償の推定規定もある(知的財産法202条、205条)。しかしながら、知的財産の専門的な裁判所が存在せず、裁判官の知的財産に関する専門的な知識や経験が不足していること、判例の公開も極めて限定的で判決の予測が難しいため、必ずしも公平妥当な判決を期待できないこと、仮に勝訴判決を得ても、ベトナムの民事執行が適正になされるか確証がなく、かつ仮に民事執行を行っても侵害者に十分な資力がなく資金回収できない可能性があること等から、知的財産権侵害事案において民事訴訟を提訴するケースはあまり多くない状況である。

 

(5)水際措置

 ベトナムで流通する模倣品の多くは、中国をはじめとする第三国からの輸入であることが多い。そこで、税関で模倣品を差し止めることも、模倣品流通を防ぐ有効な手段の一つである。税関で模倣品が差し止められた場合、荷主、輸出者、荷受人、輸入者の氏名と住所に関する情報、商品の説明、数量、原産国(判明している場合)に関する情報が権利者に開示されるため、その流入経路を探るという観点からも有益である。

 税関が職権で模倣品を差し止めることも法令上は認められているが(通達13/2015/TT-BTC号14条2項b号)、通常は、権利者が登録商標や真贋判定ポイント等を税関に登録申請した上で、税関が知的財産権侵害の疑いのある製品を発見した場合、権利者に通知するという流れとなる(知的財産法218条3項等)。

 もっとも、ベトナムにおける模倣品の差止件数は少数である。

 

(6)インターネット上の侵害対策

 昨今は、ベトナムにおいてもインターネットが普及するに伴い、インターネット上で模倣品が販売されたり著作権を侵害する動画がアップロードされたりする等の知的財産権侵害が急増している。

 大手ECサイトや動画サイト等で知的財産権が侵害されている場合は、そのサイトの運営者にて知的財産権侵害に関する削除申告制度等を設けていることが多いので、まずは同制度を利用して削除申告するという方法が考えられる。一方で、独立系のサイトで知的財産権が侵害されている場合は、上記のような制度はないことが多いので、警告書を送り任意の対応を求めるか、侵害の証拠を確保した上で行政措置等の対応を検討することになる。

 インターネット上の知的財産権侵害は容易に行えることもあり急速に拡大する傾向があるため、定期的にパトロールをした上で、侵害を見つけ次第迅速に対応することが望ましい。

(次稿に続く)

 


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(たかの・とおる)

2009年東京大学法学部卒業、2011年慶應義塾大学法科大学院修了、2012年日本国弁護士登録(第一東京弁護士会)、2013年より東京都内企業法務系法律事務所で勤務の後、2015年~2017年経済産業省製造産業局模倣品対策室勤務を経て、現在は長島・大野・常松法律事務所ホーチミンオフィスに勤務し、主に、ベトナムへの事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

 

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