中国:外商投資安全審査弁法の公布(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
弁護士 鹿 はせる
12月19日に、中国国家発展改革委員会及び商務部は連名で「外商投資安全審査弁法」(以下「安全審査弁法」という。)を公布し、2021年1月18日から施行することとされている。本法は23条からなる短いものであるが、外国企業による対中投資に幅広く適用されるものであり、日本企業にとっての影響も大きいと思われることから、以下その内容を概観する。
1. 制定の背景及び位置づけ
安全審査弁法は、公布されたタイミングとの関係で米中摩擦との関連性が言及されているが、2019年3月に公布され、今年1月1日から施行された「外商投資法」の中でも言及されており、外商投資法の第4章「投資管理」(28条から35条まで)において、外国投資家による投資は、中国国内企業と共通する会社法等一般法令による規制に加え、以下の規制に服するものと定められている。
- ① 外国投資が可能な業種及び投資条件については、政府が公表するネガティブリストに従うこと(28条)
- ② 外国投資が企業結合の要件を満たす場合は、中国独禁法に従い企業結合届出を行うこと(33条)
- ③ 外国投資の経過等に関する情報については、外商投資情報報告制度に従って継続的に報告すること(34条)
- ④ 外国投資のうち、国家安全に影響を与える可能性があるものについては、政府が制定する外商投資安全審査制度に従って審査を受けること(35条)
今回の安全審査弁法は、④にあたる外商投資安全審査制度の内容に該当するものであるが、下記2に記載する外商投資に対する安全審査については、2011年に施行された「外国投資者による国内企業の買収合併の安全審査制度の実施についての通知」(以下「安全審査通知」という。)が存在している。しかし、安全審査通知では、安全審査を行う対象を、外国投資家が中国国内の軍需企業等限定された産業を買収する場合に限定しており、外国投資者による中国国内企業持分を保有する外国企業の買収や(いわゆる外・外取引)、持分買収及び資産買収以外の形式による中国企業の支配権の取得(例えば、契約による支配権の取得)は審査対象外とされていた。しかし、今般公表された安全審査弁法は、審査対象が拡大しており、日本企業を含む外国投資家に与える影響が大きいと思われる。
2. 安全審査の適用対象
⑴ 外商投資
安全審査弁法による安全審査が求められる「外商投資」は、中国国内で行われる、外国投資家[1]による以下のいずれかの方法による「直接的または間接的な投資活動」である(2条)。
- ① 外国投資家が単独またはその他の投資家と共同で、中国国内で新規のプロジェクト投資又は企業設立を行うこと
- ② 外国投資家が企業買収の方法により中国国内企業の株式又は資産を取得すること
- ③ 外国投資家のその他の方法による中国国内投資
上記①乃至③は、規制対象となる外国投資家による投資の範囲を、安全審査通知から拡大するものである。②の文言を見る限り、外国投資家が他の外国投資家から中国国内企業の株式又は資産を取得することも安全審査の対象から除外されておらず、また、③「その他の方法」による国内投資も規制対象とされていることから、VIEスキーム等による契約による支配権の取得も規制対象となるものと解される[2]。なお、香港、マカオ及び台湾からの投資についても、安全審査弁法の適用対象になると定められている(21条)。
⑵ 適用対象となる業種等
安全審査弁法によれば、以下の分野に対する外商投資を行う場合には、投資実施前の届出・審査が必要となる(4条)。
- ① 軍事産業及び軍需産業支援等国防・安全保障に関連する分野に対する投資、並びに、軍事施設及び軍需産業施設の周辺地域において行われる投資。
- ② 国の安全保障に関わる(i)重要な農産物、(ii)重要なエネルギー・資源、(iii)重要な設備製造、(iv)重要なインフラ、(v)重要な輸送サービス、(vi)重要な文化関連製品・サービス、(vii)重要な情報技術及びインターネット関連製品・サービス、(viii)重要な金融サービス、(ix)重要な技術(キーテクノロジー)その他の重要な分野における投資を行い、投資先企業の実質的支配権を取得すること。
上記①及び②が示すとおり、規制対象となる業種の範囲は広範であり、その外延は明確ではない。①の軍需産業関連についていえば、外国投資家が同分野に対する投資を行うことは稀と考えられるものの、「軍事施設及び軍需産業施設の周辺地域」における投資についても事前の届出・審査が必要とされており、どこまで「周辺地域」に当たるかが明確ではないため、投資を行う際に当局に照会又は確認を求めざるを得ない事態も想定される(下記参照)。
また、②のその他の重要産業については、「国家安全に関わる」及び「重要」の定義が明らかではないため、外国企業が中国で展開する投資が幅広く該当する可能性があると思われ、下位規範や施行後の実務によって明確化が待たれるところであるが、判断に迷う事例においては、安全審査弁法に規定される(5条)当局への事前照会を行うことが考えられる。
なお、②については、投資に加え、「実質的支配権の取得」が要件とされているが、「実質的支配権」は(i)50%以上の株式保有、(ii)保有株式が50%未満であるが取締役会又は株主総会決議に重要な影響を及ぼす議決権を有する場合、(iii)その他外国投資家が企業の経営、人事、財務、技術等重大な影響を及ぼすことができる場合と定義されており、50%未満のマイノリティ投資であっても、株主間契約における拒否権事項等投資の仕組み次第では、これに該当する可能性があると思われる。
また、中国企業が関与するグローバルM&A取引も安全審査の対象となりうるのか注目される。グローバルM&Aにおいては、中国の子会社又は合弁会社の株式又は事業も売却対象に含まれることは珍しくなく、売主・買主が双方外国企業の場合であっても、当該中国国内株式・資産の譲渡に関して、安全審査弁法に基づく中国の安全審査が必要となり、ボトルネックになる可能性もあるように思われる。
(下)につづく
[1] なお、「外国投資家」の定義は外商投資法で定められており、「外国の自然人、企業又は組織」とされている(同法2条)。
[2] 但し、外国投資家が証券取引所で中国企業の株式取得を行う場合、国務院証券監督管理部門と国家発展改革委員会が別途制定する規定によって安全審査弁法を適用するとしている(22条)。
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(かわい・まさのり)
長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。
(ろく・はせる)
2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2010年弁護士登録(第一東京弁護士会)。同年長島・大野・常松法律事務所入所。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在し、2020年より長島・大野・常松法律事務所の東京オフィスに復帰。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。
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