シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2021(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
4. 簡易仲裁手続(Expedited Procedure)
訴額が600万SGD(約4.8億円)以下の案件等、比較的少額かつシンプルな紛争について適用可能な制度が簡易仲裁手続である。この手続が適用される場合には原則として仲裁廷構成後6ヶ月以内に仲裁判断が下されることとなる。近年は毎年60件から100件程度の申立があり、そのうち約半数程度について簡易仲裁手続の適用が認められている。ある程度の活用が図られているといえる。
通常の仲裁手続は1年半から2年程度の期間を要することが見込まれることが多く、時間とそれに要するコストが仲裁のネックとして指摘されることが多いが、簡易仲裁手続はこれらの当事者負担を軽減し得る一つの有効な方策と認知されているものと考えられる。ただし、実際に6ヶ月で仲裁判断まで至るためには相当過密なスケジュールを組まざるを得ず、訴額だけではなく内容についてもシンプルなものが適している(そうでないと結局時間的な無理が生じて途中段階で通常手続に移行せざるを得ないという事態もあり得る。)。
(簡易仲裁の申立件数)
2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 |
69件 (27件認容) |
70件 (28件認容) |
107年 (55件認容) |
59件 (32件認容) |
61件 (32件認容) |
88件 (37件認容) |
5. 早期却下手続(Early Dismissal)
早期却下手続については、①明らかに法的根拠を欠く、あるいは②明らかに仲裁廷の管轄外の事由に関する主張については、仲裁廷がこれを審議することを許可した場合、申立後60日以内に仲裁廷はこれらの主張を却下するかどうかを判断するというものであり、コモンロー圏のSummary Judgementに近い制度として2016年規則改正で導入された。2020年には5件の申立があり、そのうち2件のみが許可され、結果的にはいずれも申立が棄却された。
下記にみるとおり、制度導入以降申立はあまり増えておらず、また結果として申立が認められる例も多くはない。入口論的な問題についてなるべく早期に解決を図るために導入された制度ではあるが、棄却率が高いとすると、当事者としてはこの制度に基づいて相手方の主張の却下を求めることには躊躇が感じられる。また、このような簡易な手続で一方当事者の主張を却下すること自体に適正手続上問題が無いのかという疑問も、必ずしもクリアに解消されているわけではない。仲裁においては費用の敗訴者負担が比較的一般的なので、当事者としては、勝ち筋の争点に関しては、むしろ通常手続できっちり争った方がよいと考える場合も多いのではないかと思われ、結果あまり活用が図られていないように見受けられる。
(早期却下手続の申立件数)
2017 | 2018 | 2019 | 2020 |
5件申立 4件許可 (認容数は不明) |
17件申立 6件許可 (うち3件が認容) |
8件申立 5件許可 (うち1件のみ認容) |
5件申立 2件許可 (うちいずれも棄却) |
6. 最後に
引き続きSIACにおける仲裁は活況を維持しているように見受けられる。仲裁規則の改定の検討も進められているようだが、近年主要な仲裁機関の仲裁規則は、国際仲裁のベストプラクティスに則り内容が相当程度似通ってきており、大幅な改定は考えにくい(2020年にはシンガポールの国際仲裁法の改正もあったが、これもマイナーな修正に留まっている。コロナに伴うバーチャル対応なども、特段の規則改定によることなく、昨年中に概ねベストプラクティスが確立されたように思われる。)。香港情勢などアジアの地政学的な状況も踏まえると、アジアにおける中立公平な仲裁地としてのシンガポールの地位を脅かす状況は今のところは特段見当たらない。
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(あおき・ひろき)
2000年東京大学法学部、2004年ミシガン大学ロースクール(LL.M)卒業。2013年よりシンガポールを拠点とし、主に東南アジア、南アジアにおける国際仲裁・訴訟を含む紛争事案、不祥事事案、建設・プロジェクト案件、雇用問題その他アジア進出日系企業が直面する問題に関する相談案件に幅広く対応している。
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