◇SH3676◇シンガポール:店舗等の賃貸借に関する新たな行動基準の制定(1) 松本岳人(2021/07/07)

未分類

シンガポール:店舗等の賃貸借に関する新たな行動基準の制定(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 松 本 岳 人

 

 2021年3月26日、シンガポールにおける店舗等の賃貸借に関する公正な交渉の指針となる新たな行動規範Code of Conduct for Leasing of Retail Premises(以下「店舗等賃貸借行動基準」という。)が制定され、2021年6月1日から施行された。シンガポールに進出し小売、飲食店等の店舗を展開する多くの日系企業においても今後新たに締結又は更新する賃貸借に関して影響のある行動基準であることから、本稿では店舗等賃貸借行動基準の概要について紹介する。

 

1. 店舗等賃貸借行動基準の目的

 店舗等賃貸借行動基準の主な目的は、賃貸人と賃借人との賃貸借の交渉における地位の公平性及び均衡を確保することにある。それに加えて、賃貸人及び賃借人双方の賃貸借契約遵守及び紛争が生じた場合にも賃貸人及び賃借人双方が利用しやすい紛争解決の枠組みを導入することも目的としている。

 

2. 店舗等賃貸借行動基準の適用対象

 店舗等賃貸借行動基準は、シンガポールビジネス連盟(Singapore Business Federation)が主催し、シンガポールの不動産業者、中小企業団体、小売店やレストランの業界団体などの利害関係者が参加して組成されたFair Tenancy Pro Tem Committee(以下「賃貸借条件検討委員会」という。)によって定められたものである。この基準は、2021年6月1日以降に締結される契約で、期間が1年以上のシンガポールに所在する適格店舗(Qualifying Retail Premises)についての契約に適用される。適格店舗には、レストラン、カフェ、バーその他の飲食店、デパート、スーパーマーケット、家具、家電、衣料品その他の小売店舗、美容室、旅行代理店、病院、学習塾、スポーツジム、カラオケ等のサービス店舗などが幅広く含まれる。

 

3. 法的拘束力

 店舗等賃貸借行動基準自体には法的拘束力はないものの、賃貸借条件検討委員会の構成員たる各団体はこれを遵守することを約束しており、各団体の構成企業も店舗等賃貸借行動基準に従うことが求められる。さらに、賃貸借条件検討委員会としては政府に対しても店舗等賃貸借行動基準についての立法化の措置を求めるよう働きかけている。

 また、2021年5月3日には、Fair Tenancy Industry Committee(以下「公正賃貸借委員会」という。)が組織され、店舗賃貸借行動基準の遵守のモニタリング調査を行うことも予定されている。

 

4. 主要な賃貸借条件についての原則

 店舗等賃貸借行動基準には、交渉に当たっての誠実原則などの一般的な基準だけでなく、主要な賃貸借条件として11の原則が規定されている。11の原則にはより詳細な条件も規定されているものの、主な事項としては次のような点があげられる。また、店舗等賃貸借行動基準にはかかる原則を遵守する形での条項のサンプル条項も掲載されている。

  1. ⑴ 排他的条項:賃借人が近隣に支店等を開設することや、賃貸人が賃借人の潜在的な競合相手に物件を賃貸することを制限しないこと。
  2. ⑵ 契約の準備に要する費用及び第三者に支払う費用:契約締結に際して負担する費用の透明性を確保し、正当な費用以外の負担を求めないこと。
  3. ⑶ 広告宣伝費等:賃貸人が賃借人から徴収する広告宣伝費等の負担の適正さを担保すること。
  4. ⑷ 再開発等のための期間内終了:賃貸人が建物の再開発等を行う場合に契約期間内に賃貸借を終了させられる権利を定めないよう努めること、定める場合には賃貸人が遵守すべき衡平なルールを定めること。
  5. ⑸ 販売実績:賃借人が所定の販売目標を達成できなかった場合に、賃貸人が賃貸借を終了させることができる旨の規定を設けないこと。
  6. ⑹ 重大な不利益変更:賃借人のコントロールが及ばない事由により、賃借人の事業が妨げられた場合、賃貸借の条件について再交渉の機会付与が推奨されること。
  7. ⑺ 賃借人による期間内終了:賃貸借期間中に賃借人から契約を終了させることができる権利を規定する場合には、その事由を明確化すること。
  8. ⑻ 敷金:敷金の金額を合理的な水準に設定すること。
  9. ⑼ 賃貸借面積の差異:契約上の賃貸借面積と実測面積との間に差異がある場合には、賃料を合理的に調整すること。
  10. ⑽ 建物維持管理:賃貸人が建物を維持管理する義務を負い、違反した場合の責任を負うこと。
  11. ⑾ 賃料構造:賃料は賃貸借期間を通じて原則として単一の計算方法で算定すること。

 

(2)につづく

 


この他のアジア法務情報はこちらから

 

(まつもと・たけひと)

2005年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2007年慶應義塾大学大学院法務研究科修了。2008年に長島・大野・常松法律事務所に入所後、官庁及び民間企業への出向並びに米国留学を経て、2017年から2020年まで長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。現在は、日本及び東南アジア地域での不動産・インフラ関係の案件を中心に企業法務全般についてアドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました