事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(1)
―花王の取組みを参考に―
西村あさひ法律事務所
弁護士 森 田 多恵子
弁護士 安 井 桂 大
旬刊商事法務2270号(8月5・15日合併号)から連載が開始された「サステナビリティ委員会の実務」では、第1回目として花王の取組みを紹介した。本稿では、花王の取組みを参考に、サステナビリティ委員会を設置する意義および体制全体を構築していく際の実務上のポイントについて解説する。
1 CSR委員会のサステナビリティ委員会への改組
花王においては、従前のCSR委員会を発展的に改組するかたちで、2010年にサステナビリティ委員会が設置されている。日本企業においては、CSRの役割を担う委員会が設置されている例が少なくないが、「CSR」と「サステナビリティ」とでは、その目的・位置づけが異なっており、サステナビリティに関する取組みをとらえ直す観点から、あえてサステナビリティ委員会という形に改組した花王の取組みは、多くの企業にとっても参考になるものであろう。
本年6月に公表されたコーポレートガバナンス・コードの改訂版においても示されているとおり、サステナビリティをめぐる課題への取組みは、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な取組みであるが(補充原則2-3①)、その推進のためには、経営のリーダーシップとともに、従業員の意識改革も欠かせない。花王においては、そうした意識改革を社内で浸透させる体制としても、サステナビリティ委員会が効果を発揮しているものと思われる。
2 サステナビリティ戦略の推進体制
現在、花王の体制に特徴的なのは、それぞれ権限や役割が異なる「ESGコミッティ」、「ESG推進会議」および「ESG外部アドバイザリーボード」の3つの組織体を設置し、それぞれが有機的に結合しながら役割を果たすことで、サステナビリティ戦略が推進されている点にある。「ESGコミッティ」は、社長自らが委員長を務め、また、専務・常務執行役員等が参加する重要な委員会として取締役会の下に設置され、ESG 戦略に関する方向性を決定する役割を担っている。このようなメンバーで「ESGコミッティ」を構成することが、サステナビリティを全社経営にビルトインし、一枚岩で取り組むことを支えている。
花王では、「ESGコミッティ」が会社全体でサステナビリティ戦略を進めていくための強力な推進力となり、決定された方針や戦略の下で、「ESG推進会議」がその具体化を図る役割を担っている。「ESG推進会議」には、事業展開に当たって中心的な役割を果たしている各事業部門等の責任者が参加しており、実務の中核を担う人々が戦略を具体化する役割を直接担うことで、サステナビリティ戦略が現場に落とし込まれている。こうした2段階の建付けは花王独自のものであるが、サステナビリティ戦略を進めていく際に必要となる「推進力」と「現場への落とし込み」が、2つの委員会によって効果的に実現されており、これから同様の取組みを進めていく企業にとっても、参考になるものと考えられる。
加えて、サステナビリティ戦略の策定・推進に当たっては、多様なステークホルダーの視点を取り入れることも重要になるところ、花王においては、3名の外国籍のメンバーを含む外部有識者で構成された「ESG外部アドバイザリーボード」を別途設置し、グローバルかつ最先端の知見を定期的にインプットする体制がとられている。外部の視点を入れることで、サステナビリティ戦略の推進状況を評価・モニタリングする機能も期待することができ、サステナビリティ・ガバナンスのあり方として、一つのベストプラクティスといえる体制が構築されているといえよう。
こうした取組みは、規模の大きくない企業にとってはハードルが高く感じられるかもしれないが、たとえば、自社にとって重要なサステナビリティ課題について知見を有する外部有識者や関連するステークホルダーからヒアリングを行い、そこで聞かれた声をサステナビリティ委員会の場で共有するといった対応でも、同様の効果を期待できるものと考えらえる。また、サステナビリティ委員会からの報告を受けた取締役会で社外役員からなされる指摘や意見も、重要な外部の声の一つである。
3 企業文化に根ざして設置されたサステナビリティ委員会
花王のサステナビリティに関する取組姿勢は、創業以来受け継がれている「消費者・顧客の立場に立った心をこめた“よきモノづくり”により世界の人々の喜びと満足のある豊かな生活文化を実現するとともに、社会のサステナビリティ(持続可能性)に貢献することが使命」であるという花王のミッション(対談日(2021年6月18日)現在)にも表れているとおり、花王の企業文化に根ざしたものとなっている。
自社が長期的・持続的に社会にどのような価値を提供する存在であるのかというあるべき姿が「花王ウェイ」というかたちで明確化され、そうした自社のミッションを果たすために取り組むべき課題は何か、そうした課題に取り組むために必要な体制はどうあるべきか、という思考経路でサステナビリティ委員会(ESGコミッティ)が設置されており、こうしたことが、具体的な取組みの実効性の高さにもつながっている。企業文化・企業理念はどの企業にもあるものと考えられるが、花王では、サステナビリティ委員会を早くから設置し、長年にわたってサステナビリティ課題と向き合ってきたことで、サステナビリティの視点が経営そのものにビルトインされるかたちが実現されており、こうした姿は、多くの企業にとっても目指すべきものであると思われる。
旬刊商事法務の連載「サステナビリティ委員会の実務」では、次回以降も、サステナビリティ委員会を設置し、効果的にサステナビリティ戦略を実践している企業の取組みを紹介していく。本ポータルでも、同連載と連動した企画として、そうした企業の取組みを参考に、順次解説記事を連載していくことを予定している。
以 上
(もりた・たえこ)
西村あさひ法律事務所弁護士(2004年弁護士登録)。会社法・金商法を中心とする一般企業法務、コーポレートガバナンス、DX関連、M&A等を取り扱う。消費者契約法、景品表示法等の消費者法制分野も手がけている。主な著書(共著含む)として、『持続可能な地域活性化と里山里海の保全活用の法律実務』(勁草書房、2021年)、『企業法制の将来展望 – 資本市場制度の改革への提言 – 2021年度版』(財経詳報社、2020年)、『デジタルトランスフォーメーション法制実務ハンドブック』(商事法務、2020年)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年)など。
(やすい・けいた)
西村あさひ法律事務所弁護士(2010年弁護士登録)。2016-2018年に金融庁でコーポレートガバナンス・コードの改訂等を担当。2019-2020年にはフィデリティ投信へ出向し、エンゲージメント・議決権行使およびサステナブル投資の実務に従事。コーポレートガバナンスやサステナビリティ対応を中心に、M&A、株主アクティビズム対応等を手がける。主な著作(共著含む)として、『コーポレートガバナンス・コードの実践〔第3版〕』(日経BP、2021年)、「改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたサステナビリティ対応に関する基本方針の策定とTCFDを含むサステナビリティ情報開示」(資料版商事法務448号、2021年)など。