◇SH3744◇マレーシア:会社の実質的保有者届出規制とノミニースキーム再検証の動き(2) 長谷川良和(2021/09/07)

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マレーシア:会社の実質的保有者届出規制とノミニースキーム再検証の動き(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 長谷川 良 和

 

(承前)
 

D)罰則

 上記規制に基づく実質的保有者に係る通知を履行せず、又は故意若しくは過失により重大な点で虚偽の情報を提供した者は、罰則の対象となる。

 

E)実施時期

 ガイドライン上は、元々、2020年3月1日から同年12月31日までの移行期間中に会社として実質的保有者に関する情報を取得、維持及び更新し、2021年1月1日以降がポスト移行期間として当該情報の取得、維持及び更新に加え、商業登記官に通知することが予定されていた。もっとも、2020年12月17日、マレーシア会社法委員会は、上記移行期間を会社法改正法案の施行日と合致するよう商業登記官が決定する日まで延長する旨を公表した。現在は延長された移行期間中にあることから、会社は実質的保有者に関する最新の情報を引き続き確認する必要があり、名義上の株主及び実質的保有者が会社から実質的保有者に係る通知書を受領した場合には、会社に対し正確な情報を提供する必要がある。なお、実務上は書記役(セクレタリ)によって実質的保有者に係る通知書が送付されることが多い。

 

ノミニースキームのリスクとリスク再検証の動き

  1. A) マレーシアでは、歴史的に見ても、外国投資家が投資を行う際に、法令等上規定されている外資による株式保有制限やブミプトラによる株式保有要件等の実質的回避を目的としてローカル株主を名義株主とするノミニースキームを採用する事案が実務上少なからず見られる。なお、ブミプトラとは、マレー語で「土地の子」の意味で、一般にマレー人の他、華人とインド人を除く国内の多くの民族が含まれる。また、入札事案において、現地調達要件を充足するためにノミニースキームが使用されるような事案も見られる。
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  3. B) ノミニースキームでは、実質的保有者が名義株主との間で株式保有に係る信託契約その他の合意又は取り決めを行うことにより、配当その他の経済的権利及び議決権その他の参加的権利の実質的確保等を図ることが多い。事案によって回避の対象となる規制等の種類や内容、名義株主と実質的保有者の間の契約形態やその条項、名義株主の属性(自然人か会社か)等の事情は様々であり、個別具体的な事実関係に応じてリスクレベルは異なるが、事案によっては実質的保有者と名義株主との間の合意又は取り決めが法令等上の株式保有要件を回避するために締結されたものとして公序良俗違反により執行不能となるリスクが考えられる。特に名義株主が個人である場合には、その相続時や破産時に相続人や債権者が株主としての権利を行使するという形でリスクが顕在化することもある。また、会社が許認可取得等に際して株式保有の実態に関し当局に虚偽又は誤解を招く申請や申告等をした場合には、当該虚偽申告等を理由として許認可の取消やその他の制裁を受けることも考えられ、また当該虚偽申告等を行った個人は刑事罰のリスクにも晒される可能性がある。
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  5. C) ノミニースキームは元々、上記のようなリスクを認識した上で採用している例が多いと思われるが、前述の実質的保有者届出規制の導入により、実質的保有者の実態が商業登記官に通知され、また当該情報への権限ある当局及び法執行機関によるアクセスが認められることに伴い、外国投資家の中にはノミニースキームを維持するリスクと他の選択肢の有無・内容について、再検証を行う事例が増えているように思われる。この点、マレーシアでは、例えば2003年6月には製造業に対する外資の出資規制が撤廃され(一部の例外業種を除く)、また2009年6月には外資によるマレーシアの会社への出資を一般的に制限したガイドラインが撤廃される等、外資に対する株式保有制限が緩和されている分野があることから、かかる外資規制の緩和を受け、既にノミニースキームを解消している会社もあるが、過去に採用したノミニースキームを維持する必要性が実質的に消失しているにも関わらず、歴史的な名残によりノミニースキームが維持されている事案も散見される。そこで、特にノミニースキームを維持する必要性が消失しているような事案では、株式保有ストラクチャーについて再検証し、当該再検証を踏まえてノミニースキームの解消又は変更を検討する事案が見られる。

 

終わりに

 マレーシアに限らず、近時、会社の実質的保有者届出規制を導入した法域において、当局による実質的保有者への情報アクセスが拡大する結果、ノミニースキームに内在するリスクや懸念が生じ、ノミニースキームの解消や変更が検討課題になる例は間々見られる。マレーシアにおいても、情報アクセス権限を有することになる当局及び法執行機関の範囲やその運用に関する今後の状況を引き続き注視する必要があるが、会社の実質的保有者届出規制の導入を契機として、ノミニースキームを維持する必要性やリスク等を踏まえて株式保有ストラクチャーを再検証すべき事案もあると思われる。

 


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(はせがわ・よしかず)

東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科修了、Columbia University School of Law(LL.M.)卒業。三菱商事株式会社勤務、Allen & Gledhill LLP(シンガポール)出向を経て、2013年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。

シンガポールを拠点に、シンガポール、マレーシア、ミャンマーを含む東南アジアその他アジア地域において、進出、日常的な法務問題、M&A、ジョイント・ベンチャー、危機対応、エネルギー・インフラ案件等、日系企業が直面する法律問題を幅広くサポートしている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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