◇SH3865◇タイ:下請代金の支払遅延防止に関する新規則の施行 佐々木将平(2021/12/27)

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タイ:下請代金の支払遅延防止に関する新規則の施行

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 佐々木 将 平

 

 2021年8月の拙稿(SH3733 タイ:下請代金の支払遅延防止に関する新規制(1)及びSH3735 タイ:下請代金の支払遅延防止に関する新規制(2))において紹介した「中小企業に対する商品又はサービスの購入代金の支払遅延防止に関する新規則」(以下「本規則」)が、予定通り、2021年12月16日付で施行された。本規則は、タイにおける下請取引にかかる与信期間を具体的に規律する初めての法令であり、その対象範囲も広範であることから、解釈指針の明確化が望まれていたところ、本規則の施行直前に、取引競争委員会事務局(Office of Trade Competition Commission)のウェブサイト上で、本規則の解説資料(以下「本ガイド」)が公開された。本ガイドは40ページにわたるタイ語資料で、紙幅の制約上全てを網羅することはできないが、実務上特に重要と思われるポイントをいくつか紹介する。

 

1. 中小企業(SME)の定義

 本規則においては、以下のいずれかに該当する者が「中小企業」(SME)と定義され、かかる中小企業からの商品又はサービスの購入取引が規制対象とされている。

  1. ① 従業員200名以下、又は、年間の収入が5億バーツ以下の、商品の製造者
  2. ② 従業員100名以下、又は、年間の収入が3億バーツ以下の、サービス提供者又は卸売若しくは小売事業者

 文言上、従業員数と年間収入の要件のいずれかを充たせば、中小企業に該当することとなる。この点については、当局(取引競争委員会事務局)は、当初、年間収入が基準を上回る場合には、従業員数が基準以下であっても、中小企業に該当しないとの説明を行っていた(本規則の制定段階で行われたパブリックヒアリングにおける回答)。しかし、本ガイドにおいてはかかる見解は採用されず、中小企業の定義は、文言通り適用されることが明確化されている。本ガイドの記載を踏まえると、本規則の適用対象となる中小企業(SME)の範囲は、以下の通り整理できる。

 

  年間収入5億バーツ
(又は3億バーツ)超
年間収入5億バーツ
(又は3億バーツ)以下
従業員200名
(又は100名)超
×(非SME) ○(SMEに該当)
従業員200名
(又は100名)以下
○(SMEに該当) ○(SMEに該当)

 

2. 与信期間の起算日・計算方法

 本規則においては、中小企業からの商品又はサービスの購入取引における与信期間の定めは、①引渡し及び②正確な書類提出が完了した日から起算して、45日(農産物又は農産物の一次加工品の場合は30日)以内とすべき旨規定されている。この「正確な書類」にどのような書類が含まれるのかは、本規則の文言上は明記されておらず、解釈に委ねられているが、本ガイドにおいては、通常の事業の過程で取り交わされる取引の詳細を記した書類を意味し、インボイス等が含まれることが明示されている。したがって、インボイスの受領後45日以内という与信期間を定めることも、原則として、可能と考えられる。

 また、民商法193/3条に従い、与信期間は、原則として初日不算入で計算すべきと解される。この点、本ガイド上の事例で示されている与信期間の計算も、初日不算入で行われており、当局も同様の見解に立っているものとみられる。

 

3. 農産物又は農産物の一次加工品の範囲

 本規則上、農産物又は農産物の一次加工品の取引にかかる与信期間は、その他の商品及びサービスよりも短く、30日以内と設定することが求められている。農産物の一次加工品については、「腐敗しやすく、複雑な加工工程を有さないもの」で、「製造又は加工工程が多くなく、テクノロジー、器具又はツールの使用が少ないもの」が該当する旨記載されており、その例として、揚げ物、乾燥品等が挙げられている。

 

4. 45日を超える与信期間を合意できる場合

 本規則4条においては、「事業、市場又は経済の観点から受け入れ可能な理由」があれば、当事者間で45日(又は30日)を超える与信期間を当事者間で合意することが認められている。この「事業、市場又は経済の観点から受け入れ可能な理由」としてどのようなものが認められるのかについては、本規則の文言上は明らかではなく、一定の解釈指針が示されることが実務上望まれていたが、本ガイドにおいては、具体的な指針は示されなかった。この点については、引き続き、今後の実務動向を注視する必要がある。

 

5. 書類不提出の効果

 本規則4条においては、中小企業の義務として、中小企業に該当することを示すために、他の事業者に対して、雇用及び売上げに関する証拠書類を提出しなければならないと定められている。かかる証拠書類としては、社会保険関連の帳票(従業員数が記載されている)や、監査済み財務諸表(タイでは、非公開会社であっても、毎年、財務諸表について会計監査人による監査を受けて、登記しなければならない)を提出することが考えられる。本規則においては、当該規定の違反(書類不提出)の効果は明示されていないが、本ガイドにおいては、相手方事業者が書類不提出に同意していない限り、書類不提出をもって、中小企業が本規則における保護及び権利を放棄したとみなされるとの考えが示されている。

 


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(ささき・しょうへい)

長島・大野・常松法律事務所バンコクオフィス代表。2005年東京大学法学部卒業。2011年 University of Southern California Gould School of Law 卒業(LL.M.)。2011年9月からの約2年半にわたるサイアムプレミアインターナショナル法律事務所(バンコク)への出向経験を生かし、日本企業のタイ進出及びM&Aのサポートのほか、在タイ日系企業の企業法務全般にわたる支援を行っている。タイの周辺国における投資案件に関する助言も手掛けている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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