SH3910 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第44回 第9章・履行の確保(2) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/02/17)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第44回 第9章・履行の確保(2)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第44回 第9章・履行の確保(2)

3 Employerが有する請求権について

⑴ FIDICの規定内容

 今回は、大規模なインフラ・建設工事契約において、一般的に用いられている履行確保の手段につき、留意点等のより具体的な点について解説する。

 Employerにおいて、Contractorに対する請求権の履行を確保する方法であるが、FIDICの4.2項が「Performance Security」という標題のもとに定めている。

 まず、Contractorが、Performance Securityを、発注承諾書(Letter of Acceptance)を受領後28日以内に、Employerに対して提供し、これをPerformance Certificateを受領し、現場から退去するまで維持しなければならないと定めている。すなわち、Contractorは、工事等の義務を履行している期間中、Performance Securityを確保、維持することが義務となっている。

 なお、Performance Securityの具体的内容は、契約毎にEmployerとContractorの合意によって定められることになるが、FIDICは、Annexesとして、書式を用意している。その書式には、以下で述べる、親会社保証およびPerformance Bondに対応するものも含まれている。

 FIDICの規定としては、次に、契約代金額が20%以上増減した場合に、これに応じてPerformance Securityの金額も増減し得ることが定められている。

 また、Employerの義務として、正当な権利なくPerformance Securityを行使してはならないことと、これに違反した場合には、Contractorに生じた損害、費用等を賠償するなどの責任がEmployerに生じることが定められている。

 さらに、Employerには、Performance Certificateが発行され、Contractorが現場から退去した後、あるいは、契約が解除された後に、Performance Securityを返還する義務が生じると定められている。

 

⑵ 親会社保証(Parent Company Guarantee)

 続いて、履行確保の具体的手段について、いくつか解説する。

 まず、Contractorの親会社保証であるが、これは、親会社が、Contractorの義務履行を保証するというものであり、これが差し入れられた場合には、Employerが、親会社に対しても、Contractorの義務の履行を請求することができる。

 Contractorとなる契約相手が、建設会社の本社ではなく、現地法人となる場合等においては、契約相手に十分な信用(資力等)が認められず、親会社保証による信用補完が必要になることが多い。実際、多くの場合に、親会社保証が差し入れられている。

 親会社保証の契約内容について、留意するべきこととしては、次の3点が挙げられる。

 第1に、Contractorとの契約内容が変更となった場合に、その変更後の契約内容について、保証人である親会社の承諾等を要することなく、親会社保証の対象になることが望ましい。そうでなければ、契約内容の変更に際して、親会社の承諾を取得することが都度必要となる。

 第2に、Contractorに対する請求をすることなく、あるいはこれを尽くさずに、親会社に対して保証債務の履行を請求できるか否かを、定めるべきである。請求するEmployerからすれば、いきなり親会社に保証債務の履行を請求できる方が、Contractorへの請求という前提要件について無用な争いを避けることができ、望ましい。

 第3に、Contractorとの関係での紛争解決手続と、親会社との関係での紛争解決手続は、仲裁等の最終段階まで進んだ場合においては、同一の手続(同一の仲裁機関、仲裁地等)とすることが望ましい。実際に紛争となった場合に、一つの手続で一挙に解決できるということは、大きな利点である。

 

⑶ Performance Bond

 Performance Bondは、金融機関が発行するボンドであり、Contractorの工事等の義務全般を対象とするものである。信用力の高い金融機関によって発行されれば、極めて有効な履行確保の手段となる。

 しかも、インフラ・建設工事契約で用いられるボンドの多くは、いわゆるon-demandであり、金融機関に請求手続をとれば速やかに支払ってもらうことができる。前回2 ⑶ で述べたとおり、手続コストが低い回収方法を確保することが重要であるところ、この意味においてもPerformance Bondは優れている。

 もっとも、Employerが正当にPerformance Bondを行使できるのは、Contractorに不履行等があった場合で、かつ取得した損害賠償請求権の金額の範囲内である。他方、インフラ・建設工事契約上はこのような制限が課されていたとしても、Performance Bondは金融機関との間における、別の契約関係であるため、このような制限に服することなく行使可能である。そのため、Employerは、本来正当に行使できない場合であっても、実際問題として、Performance Bondを行使することができてしまう。

 しかし、これは許されることではない。また、Performance Bondが行使されると、当該金融機関との関係を中心に、Contractorの信用が損なわれることになり、かつ、Contractorの資金繰りに悪影響が及び得るため、Performance Bondの行使は慎重に行われるべきものである。そこで、FIDICの4.2項では、前記3 ⑴ のとおり、Employerの義務として、正当な権利なくPerformance Securityを行使してはならないことと、これに違反した場合には、Contractorに生じた損害、費用等を賠償するなどの責任がEmployerに生じることが定められている。

 このようにPerformance BondはEmployerにとって強力な手段であるが、2つの留意点がある。一つは金額の上限である。通常、Performance Bondには上限額が定められ、その範囲内でのみ行使可能である。したがって、その上限額が十分であるかは、確認が必要である。

 他の一つは、期限である。Performance Bondには期限があり、期限内に行使しないと効力を失う。そのため、工事が遅延した場合には、Performance Bondの期限も延長する必要がある。前記3 ⑴ のとおり、この延長はContractorの義務(Performance Certificateを受領し、現場から退去するまでPerformance Securityを維持する義務)として定められているが、この延長が行われなければPerformance Bondを失う結果となってしまうため、Employerとしては、延長が確実に行われることを確認することが重要である。

 なお、以上は、Performance Bondがいわゆるon-demandであり、金融機関に請求手続をとれば速やかに支払ってもらえることを前提とした解説である。Performance Bondの記載如何によっては、このon-demandという前提条件が満たされず、スムーズな支払が得られないことが懸念される。ポイントは、請求の条件ないし手続であり、その中に曖昧なもの、ハードルが高いものが含まれていないことは、Employerとしては確実に押さえておきたいところである。

 

⑷ 相殺

 相殺は、Employerの意思表示によって、EmployerのContractorに対する損害賠償請求権と、ContractorのEmployerに対する代金請求権とを、対等額で消滅させるものである。

 Employerから見ると、意思表示だけで、確実に回収をすることができ、極めて有効な手段である。

 もっとも、Contractorの資金繰りを悪化させ得るため、工事の途中段階で相殺を行うと、工事が停止してしまう恐れもある。資金繰り上、問題がないとしても、Contractorが反発し、工事が停止してしまう可能性もある。したがって、Employerは、相殺を行うか否かの判断に際しては、工事への悪影響の有無を考慮する必要がある。

 また、契約上相殺が禁止されている場合があり、その場合には相殺を行うことはできない。

 相殺が禁止されていなくても、相殺ができるのは、Employerの残代金債務の範囲内であるから、代金の支払条件によっては、Employerの残代金債務が余り残っておらず、相殺による回収が十分には行えないことも考えられる。大規模なインフラ・建設工事契約において、支払条件は各当事者のキャッシュフローに影響を及ぼすという意味において重要であるが、相殺が可能になり得る範囲という点でも、重要な意味を持ち得る。

 

⑸ ジョイントベンチャー(JV)

 親会社保証と類似する話ではあるが、Contractorを複数の企業によるジョイントベンチャーとし、その複数の企業にContractorとしての全ての義務を負わせれば、履行確保の手段となる。すなわち、ジョイントベンチャーを構成する企業に、信用力の低い企業が含まれていたとしても、他に信用力の高い企業が含まれていれば、最終的には、この信用力の高い企業に全責任を負わせることによって、履行ないし回収の確保をはかることが期待できる。

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