インドネシア:気候変動問題へのアプローチ
――首都移転と脱炭素政策(2)――
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 福 井 信 雄
2 脱炭素政策
インドネシア政府は、COP26開幕直前の2021年10月29日、国家開発における国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution、以下、「NDC」という。)目標と温室効果ガスの排出抑制を達成するための炭素経済価値政策の実施に関する大統領令2021年第98号(以下、「大統領令2021/98」という。)を制定した。インドネシアは2016 年にパリ協定を批准後、2030年までに温室効果ガスの排出量を29%から41%削減するというNDCを発表しており、今回の大統領令2021/98では、それを実現するための具体策として「炭素経済価値政策」と呼ばれるいわゆるカーボンプライシング制度が導入された。大統領令2021/98が定める炭素経済価値政策は大要以下の枠組みが規定されている。
⑴ 炭素評価システムと認証制度
大統領令2021/98に基づき気候変動対策のための国家登録機関が創設され、同機関は、インドネシアのNDC目標を達成するために炭素排出量の管理監督を行う。民間事業者は同機関に登録し、気候変動の抑止に向けた活動などを定期的に報告することが義務付けられることになる。事業者は国家登録機関への登録後、一定の気候変動の抑止に向けた活動を行った事業者は所管の大臣より温室効果ガス排出削減証書を取得することができ、当該証書は、炭素取引への参加、インセンティブの受給、グリーンファイナンスや持続可能な金融を受ける際に活用できることが想定されている。なお、国家登録機関への登録及び報告を怠った事業者に対しては、今後施行予定の施行細則に基づき、一定の罰則が適用される可能性がある。
⑵ 炭素取引制度
大統領令2021/98では、炭素取引制度として、①排出権取引と②排出権オフセット(相殺)の二つが導入されている。①排出権取引とは、温室効果ガスの排出枠を定め、排出枠が余った事業者と、排出枠を超えて排出した企業との間で排出権を取引する制度であり、温室効果ガス排出量の上限設定が設けられている事業セクターに適用される。他方、②排出権オフセットとは、温室効果ガスの排出制限が設けられていない事業セクターにおいて、排出権の購入などにより削減した排出量と自らの温室効果ガスの排出量を「オフセット(相殺)」して排出量を算定する制度である。大統領令2021/98はかかる炭素取引制度の枠組みのみ規定しており、詳細は今後制定される施行細則に委ねられている。
⑶ 経済的インセンティブと炭素賦課金
上述の炭素取引制度に加え、大統領令2021/98では、事業者の温室効果ガスの排出抑制の取組によって排出量の削減が確認された場合や生態系保全の効果が確認された場合などに、その成果に応じたインセンティブを支払う制度を導入している。反対に、事業者が炭素を含む物品の購入や温室効果ガスを排出する活動を行った場合に公租公課を課すいわゆる炭素税を導入することを定めている。いずれも詳細は関係省庁が発行する施行細則において定められる。
3 終わりに
首都移転事業も脱炭素政策も現地点ではまだハイレベルな法整備がなされた段階で、今後実行段階に移行していく過程で様々なハードルに直面することが予想され、これらの実現可能性については依然不透明なところは残っているように見受けられる。ただ、いずれも民間事業者にとっても大きな投資機会になる可能性もあり、またインドネシアに既に進出済みの企業にとっては既存の事業に大きな影響を与える可能性もあり、今後の動きも引き続き注視していく必要がある。
以 上
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(ふくい・のぶお)
2001年 東京大学法学部卒業。 2003年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2009年 Duke University School of Law卒業(LL.M. )。 2009年~2010年 Haynes and Boone LLP(Dallas)勤務。
2010年~2013年10月 Widyawan & Partners(Jakarta)勤務。 2013年11月~長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務。 現在はシンガポールを拠点とし、インドネシアを中心とする東南アジア各国への日本企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
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