SH3951 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第49回 第11章・紛争の予防及び解決(1)――総論(2) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/03/24)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第49回 第11章・紛争の予防及び解決(1)――総論(2)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第49回 第11章・紛争の予防及び解決(1)――総論(2)

3 実質を見る

 前回、法的紛争に対峙する上で、形式が重要であることについて述べた。ただし、形式のみで、説得という、法的紛争の解決に向けた作業が成り立つ訳ではない。説得のためには、形式と実質の双方を兼ね備える必要がある。法的議論という視点で言えば、形式論と実質論の双方が必要ということである。

 実質論というのは、バランス感覚や、情緒に訴えるものである。これだけが目立つ議論は、法律論として不十分であるものの、実質論を全く伴わない議論は説得力を欠くと考えられ、適度な範囲の実質論は、説得力の必須要素であると考えている。

 実質論は、客観的事実に基づく必要があり、例えば、誠実な対応経緯はその要素となり得る。また、事実は点で存在するのではなく、個々の事実が因果の流れで繋がるという意味において、線で存在する。実質論に限った話ではないが、事実を線で把握し主張すること、換言すれば、ストーリーとして事実を主張することは、説得のために重要である。

 

4 体制を整える

 法的紛争への対峙は、通常、複数名で行う。それが必要であり、合理的だからである。

 形式論と実質論を兼ね備えた議論を組み立てる上でも、次の要素が必要である。

  1. ・ 事実を把握している人
  2. ・ 適用される法律を把握している人
  3. ・ 関連する専門的知見、経験則を把握している人

 この要素を全て、一人で兼ね備えることは困難である。特に、大規模な建設・インフラ工事の契約であれば、その複雑さ故、一つの項目についても、一人で兼ね備えることが困難となり得る。例えば、適用される法律が、複数の国の法律となる場合には、各国の弁護士が必要となり得る。複数の専門分野が問題となり、一つの案件で複数の専門家が必要になることも、珍しくはない。典型例として、予期せぬ地質に遭遇したとされるトンネル掘削の遅延に基づくクレームにおいて、遅延分析(工程解析)の専門家、損害、費用等の金額計算(「Quantum」と称される)の専門家、および地質の専門家という3種類の専門家が必要とされることが挙げられる。

 また、法的紛争の解決のためには、議論を組み立てる以外の作業も必要であり、次のような要素も必要となる。

  1. ・ 解決のために用いられる各種法的手続に精通している人
  2. ・ 大局的、戦略的な判断ができる人
  3. ・ 必要な社内調整ができる人

 法的紛争の案件は、一件一件に固有の特徴があるという意味において基本的に個性的であり、少なくとも大規模な法的紛争が定型的ということはない。そのため、事案によって、他の要素が必要になることも考えられる。

 以上のとおり、法的紛争の対峙のためには、必要な要素が多々あり、それを全て満たすチームを組成する必要がある。

 ただし、チームが拡大しすぎると、コストが増加するという問題に加え、チーム内のコミュニケーションが困難になるという深刻な問題が生じ得る(法的紛争の解決は、説得というコミュニケーションを通じて実現する以上、チーム内のコミュニケーションが上手く行かない状況では、裁判官、仲裁人、相手方当事者等の説得は期待しがたく、法的紛争の解決も期待しがたいと言わざるを得ない)。

 また、法的紛争への対峙は長期間に及び得るところ、必要な要素は、時期によって変わり得る。

 そこで、タイミングを見つつ、適正な規模のチームを組成することが必要となる。

 このように体制の整備は容易ではない作業であるが、他方において、長期間に渡る法的紛争への対峙において、決定的に重要な点でもある。労力を惜しまずに、取り組むべきテーマである。

 

5 全体を見る

⑴ 説得力のため

 一貫性は、説得力の重要な要素である。換言すれば、二転三転する議論は、信用性が低く、説得力を欠く。

 一貫性を確保するためには、関連する請求全体を見る必要があり、また、関連する事実全体を見る必要がある。さもなければ、場当たり的な主張を繰り返すことになりかねず、相互矛盾が生じる可能性が高い。

 全体で通用する議論が構築できて初めて、一貫性のある議論となる。

 

⑵ 合理的な解決のため

 大規模な建設・インフラ工事の契約で生じる法的紛争は、多数の当事者間において、多数の請求が提起される、極めて複雑なものとなり得る。一つ一つ請求に対処するという視点も重要であるが、同時に、全体を見る視点も重要である。

 というのも、一つの請求への対処が、他の請求に影響を与え得るからであり、その影響は時として、解決を遠ざけるものである。例えば、一つの下請に対して和解金を支払って解決すると、類似する立場にいる他の下請からの請求を誘発することが考えられる。そのため、一つの対処が他にどのような影響を及ぼすかという、全体的な視点が、紛争の解決のために必要とされる。

 かかる観点からは、和解をするのであれば、一度に全てを和解で解決することが望ましいことになる。これが困難な事案も当然あるが、一挙解決が望ましいことは、普遍的なことと考えられる。

 法的紛争の解決のためには、着地点(落としどころ)を見定めることが、重要なターゲットである。これが合理的に見定められれば、そこに向けた道筋を複数考え、最善手を選択していくという、効果的なアプローチが可能となる。

 なお、ターゲットとなる着地点は、通常、固定的なものではない。将来の予測ないし目標であるため、一定の不確実性を伴うものであり、複数の着地点が想定されることも普通である。そのような形でも、着地点がある程度見えるのであれば、それが見えていない場合と比べると、対応が格段に効果的になると考えられる。

 そこで、紛争全体を解決できる着地点を見定めるという姿勢には、高い価値があると考えられる。

 この点に関して一つ補足すると、民事的な法的紛争の着地点の種類には、和解と、強制的判断(判決、仲裁判断等)の2種類しかない。この普遍的な点を踏まえることは、着地点を見定める努力の過程において、有益と考えている。

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