SH4113 中国:中国からの撤退方法・経済補償金支払の近年の傾向と対策(3) 鹿はせる/小澤尚子(2022/08/26)

そのほか労働法

中国:中国からの撤退方法・経済補償金支払の近年の傾向と対策(3)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

弁護士 小 澤 尚 子

 

(承前)

3 撤退における経済補償金支払の傾向と対策

 外資企業にとって中国から撤退する際、従業員への経済補償金の支払の要否及び金額規模はよく問題となる。持分(株式)譲渡のように、法的には従業員の雇用関係は変わらず経済補償金の支払が必要ないケースであっても従業員から支払を求められることがあり、また解散・清算のように法的に支払が求められる場合でも、往々にして法定金額の上乗せを従業員から求められ、応じない場合労働紛争に発展するリスクがあるためである。

 この点、報道等の公開情報に基づき、近年の外資企業による撤退の際の労働紛争及び経済補償金の支払事例を調査したところ、2015年以降では以下の参考となる事例が発見された。

  • 約1,000人の従業員が勤務する工場の閉鎖に際し、解雇前日に突然従業員の一斉解雇を発表したところ、従業員が抗議し、担当者に詰め寄る、数十人で工場に押しかける等の騒動に発展した事例。
  • 4,000人を超える従業員が勤務する工場を中国企業に持分譲渡することを公表した際に、2週間以上にわたり従業員による補償金を求めるストライキ及び抗議が発生し、負傷者及び逮捕者が発生した事例(その後一定の協力金を支払うことで従業員の納得を得られたとの報道が見られた)。
  • 2,000人を超える従業員が勤務する工場を閉鎖した際、工場長が当日朝出勤してきた従業員に対して工場閉鎖を社内放送で発表し、法定金額に加えて5ヶ月分の月給を上乗せ(N+5)して経済補償金を支払ったと報道された事例。
  • 約650人の従業員が勤務する工場を閉鎖した際、法定金額に加え、従業員の勤続年数に応じて傾斜をつけた上乗せ金額を支払った事例(勤続年数が長いほど、上乗せ分が多くなる仕組みをとった)。
  • 約4,500人の従業員が勤務する工場を閉鎖した際、使用者側は当初は法定金額に1ヶ月分の月給を上乗せした経済補償金(N+1)を提示し、その後は法定金額に3ヶ月分の月給を上乗せした経済補償金(N+3)を提案したが、数千人の従業員が工場の閉鎖に反対し、会社側の補償案を受け入れられないとして、連日抗議を受けた事例。
  • 約900人の従業員が勤務する工場を閉鎖した際、従業員に対し、法定金額に1ヶ月分を上乗せした経済補償金(N+1)を支払うと共に、春節の慰労金も支払った事例。

 上記以外の過去事例も含め傾向を分析すると、経済補償金については、法定の金額に1-3ヶ月分の月給を足した金額(N+3)程度を支払う事例が多く、従業員が多い工場の撤退事案においては経済補償金の支払をめぐって紛争及び上乗せを求められるリスクが高い傾向にあるといえる。従業員同士が連携を取って団結しやすい上、中国において外資企業の工場は往々にして特定の地域に密集しているため、過去に周辺の外資企業が撤退した際に支払った経済補償金が知られている場合には、労働者側がその金額をベースに交渉することが行われやすいためである。

 悩ましい問題であるが、特に持分(株式)譲渡といった法的な支払義務のないことが明確なケースにおいては、「ごね得」を防ぐためにも毅然とした態度をとり、従業員に経済補償金の支払義務がないことを説明することと共に、事前に地方の警察当局とも打ち合わせの上、万が一紛争が発生した場合の騒動を最小限化する紛争防止策をとることも考えられる。他方で、紛争リスクが高い場合には、法的な義務ではないものの、一定の金額を協力金として、勤続年数や協力の度合に応じて従業員に支払い、円滑な撤退に協力してもらうことも考えられ、リスクに応じて併用する工夫も実務上みられる。また、譲渡先の企業がある場合は、従業員に対して今後の雇用方針に関し説明させるなど、協力を求めることが考えられる。

 なお、従業員に対して撤退を公表するタイミングも問題となりやすい。先に情報が知れ渡る場合には従業員に動揺が走り、離職者が相次ぎ生産に影響を与える可能性や、早期から経済補償金の要求が行われやすくなる一方、唐突に発表した場合には従業員に強い衝撃を与え、突発的な紛争に発展することがあるためである。特に撤退の規模が大きい場合には、本社及び現地法人がそれぞれの専門家と共に、十分な期間をとった綿密な調整をすることが求められる。

以 上

 


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

 

(おざわ・しょうこ)

2014年東京大学法学部卒業。2016年東京大学法科大学院修了。2017年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。中国法務プラクティスグループに所属し、企業再編及び一般企業法務を中心に幅広い分野を取り扱っている。

 

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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