国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第71回・完 コラム――交渉における優先順位付け
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第71回・完 コラム――交渉における優先順位付け
1 優先順位付けの必要性
交渉は相手のあることであり、全てが自らの思い通りになることは想定し難い。そこで、通常は譲歩が求められ、交渉をまとめるために、どの点を譲歩し、どの点を獲得するかの判断が必要になる。
この判断の指標が、優先順位付けであり、優先順位が高い事項の獲得を狙い、その代わりに、優先順位が低い事項を譲歩することを志向するというのが、基本的な方向性となる。優先順位の付け方は、交渉の相手方と同じ部分もあるが、違う部分もあることが多い。違う部分は、交渉の成立を促進し得るものである。というのも、優先順位が高いものがそれぞれ異なるため、当事者双方がそれぞれに優先順位の高いものを取得するという着地が考えられるからである。
2 準拠法、仲裁地、仲裁機関、及びヒアリングの場所
優先順位付けを考える題材として、準拠法、仲裁地、仲裁機関、及びヒアリングの場所が考えられる。いずれも、国際的な契約において一般的に定められる事項で、同時に交渉対象となることから、これらの間での優先順位付けが必要になりやすい。また、いずれについても選択肢が、①自国を主張する、②相手国を容認する、③第三国とする、という3つであるため、譲歩の有無が分かりやすい。
第2回において述べた、「実体」規定と、「手続」規定とを区分するという視点からすると、準拠法は「実体」規定の内容を決めるものである。他方、その他の仲裁地、仲裁機関、及びヒアリングの場所は、いずれも「手続」規定の内容となる。いずれを重視するべきかという点については、「実体」規定の方が、仲裁等における請求の成否を決める基準であるため、より重要と考えられるかもしれないが、企業間の契約の場合、「手続」規定の方が高い重要性を持つことが思いのほか多い。というのも、企業間の契約においては、契約書の文言が尊重され、その規定内容どおりの法的効果が認められることが、準拠法を問わず、通常であるためである。
次に、「手続」規定の内容となる、仲裁地、仲裁機関及びヒアリングの場所の優先順位付けであるが、このうち明確な違いとして分かりやすいのは、ヒアリングの場所である。仲裁のメインイベントであるヒアリングがどこで行われるかという、物理的な場所の問題だからである。
これに対し仲裁地(seat)は、いわば仲裁手続の本籍地と言い得るものである。仲裁地の仲裁法規が適用されることになり、仲裁判断の取消等の裁判所が関与する一定の手続は、仲裁地の裁判所において行われる。ただし、仲裁地が問題になるのは、仲裁判断の取消等の限られた場面であり、特に問題なく仲裁手続が進む限りは、仲裁地が重要な意味を持つことは余りない。また、仲裁手続を尊重する国を仲裁地とする限りは、仲裁判断の取消等の限られた場面においても、仲裁地がどこかによって特段の差異が生じないとも考え得る。もっとも、仲裁手続を尊重するとは限らない国も存在し、その様な国を仲裁地とすることは、紛争を複雑化し、その解決を遠ざける危険がある。
なお、香港政府と中国最高人民法院は2019年及び2020年に協定を交わしており、これに基づき、香港を仲裁地とする仲裁に関して、中国国内の各地方の中級人民法院において保全措置を申し立てたり、仲裁判断の執行を(香港裁判所に執行を求めるのと並行して)求めたりすることが可能となっている。これは中国関係の紛争につき香港を仲裁地とすることの、メリットといえる。
次に、仲裁機関も、ICC、LCIA、AAA、SIAC、HKIAC、JCAA等があるが、実際に判断をするのは仲裁機関ではなく、仲裁人である。したがって、当事者からすれば、仲裁機関がどこであるかよりも、仲裁人が誰であるかの方が、重要性が高い。
また、仲裁人の選定において、当事者間で合意ができなければ仲裁機関が選定することになるところ、仲裁機関によって、選定される仲裁人が大きく異なる訳でもない。いずれの仲裁機関も、仲裁人に関する情報を多く蓄積し、著名な仲裁人は共通して認識するところである。したがって、いずれの仲裁機関も、信頼性の高い仲裁人を選定しようとする結果、同じような仲裁人が選ばれやすいと考えられる。
もっとも、仲裁機関によっては規則や管理体制が十分ではないなどの問題もあり得る。上記のような仲裁機関であれば問題ないものの、メジャーではない仲裁機関を選択することにはリスクがある。
準拠法、仲裁地、仲裁機関、及びヒアリングの場所の優先順位付けは、ケースバイケースであり、一般化することは困難であるものの、以上述べたことからすれば、状況によっては、ヒアリングの場所を日本とすることを優先することも、考え得ることである。一見したところ、この4項目の中では優先度が低く映るかもしれないが、実際に仲裁手続を進めてみると、ヒアリングの場所は、相応に意味があることである。
3 連載の最後に
2021年3月から連載を開始し、基本的に毎週原稿を掲載することを続け、1年半が経過した。今回をもって、連載を終えることとする。
第1回において、本連載の趣旨として、バックグラウンドがかなり異なる執筆者3名のコラボレーションに言及した。最終回を迎えるにあたり、この趣旨の意義として感じることは、この3名においても、確固たる共通認識があったことである。
それは、争いが仲裁にまで発展することは望ましくなく、そのコストと時間的ロスは多大なものであること、そのコストと時間的ロスを避けるための努力が重要であるという点である。この努力の最たる例が、工事及び契約の当初から、信頼できるメンバーのDAABを設置し、関係者間の信頼関係醸成に努めることである。
連載の開始に際し、NBL1190号(2021年3月15日)に「契約書の重要性と、限界と、対処法」という寄稿をした。そこで「対処法」として述べたことは、契約書を作成した後の継続的なフォローであり、またその仕組みを契約書で定めることである。
3名のコラボレーションの結論は、あえてひと言にまとめるのであれば、継続的に関係者間の信頼関係を醸成していくことの重要性を確認したことである。
このコラムのテーマである、交渉における優先順位付けについても、同じことが言える。最も重要なことは、信頼関係を醸成することであり、それを損なう交渉は、見た目には多くを獲得したとしても、望ましくはない。
長きにわたり、連載におつき合い頂いた読者の皆様と、商事法務ポータル編集部に厚く御礼申し上げるとともに、今後も3名のコラボレーションを形を変えつつ、今しばらく続ける予定なので、引き続きご支援を賜れると幸いである。
以 上