フィリピン:2022年外資規制緩和の流れと公共サービス法の改正
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 坂 下 大
1 2022年上半期の各種改正
フィリピンでは今年6月末にドゥテルテ前大統領が任期満了により退任し、マルコス氏が新大統領に就任した。7月25日に行われた同大統領による初の施政方針演説等により、新政権チームにおける重要政策項目が示され始め、その中には、貿易、投資の促進や、ドゥテルテ前大統領が推進した積極的なインフラ投資の継続、拡大に言及するものもある。日系企業を含む外国投資家によるフィリピン投資への影響という観点からも、今後の新政策や法改正の動向を注目していきたいところである。
ところで、ドゥテルテ前大統領の任期が終盤に差し掛かった今年の前半は、外資規制に関する重要度の高い法改正が相次いだ。1月には小売自由化法が改正され、外資小売業に求められる資本金、投資額要件が引き下げられ、また外国投資家に求められる小売業の実績等の要件が撤廃される等、小売業における外資規制が大幅に緩和された。かかる改正内容の詳細については、拙稿(SH3899 フィリピン:小売自由化法を改正する法律の成立――外資規制の大幅緩和(1) 坂下大(2022/02/07)及びSH3901 フィリピン:小売自由化法を改正する法律の成立――外資規制の大幅緩和(2) 坂下大(2022/02/08))を参照されたい。また、3月には公共サービス法(the Public Service Act)が改正され、外資規制の対象となる公益事業の範囲が具体的に規定されたことにより、広範に解釈運用されてきた同規制の対象が緩和の方向で明確化された。以下では、この公共サービス法の改正内容を紹介する。
なお、ドゥテルテ政権下で行われた今年の外資規制関連の改正についてさらに補足すると、3月に外国投資法が改正され、国内向け事業に外資が参入する際の最低資本金額が通常の20万米ドルから10万米ドルに引き下げられるための要件が若干緩和された(一定のスタートアップの場合等の追加、従業員雇用に関する要件の緩和等)。また、ドゥテルテ前大統領は、大統領退任の直前である6月27日付で、第12次ネガティブリストに署名している。このネガティブリストとは、フィリピンにおける外資規制の対象となる事業をリスト化したものであるところ、上記各種改正による規制緩和を反映した内容となっている。
2 公共サービス法の改正
フィリピンでは、1987年憲法により、「公益事業」(public utility)はフィリピン国民、あるいはフィリピン国民が60%以上保有する(つまり外資40%以下の)企業等のみが実施可能とされている。ここにいう「公益事業」の意義に関する明文の規定はこれまで不存在であったが、判例等をふまえ、結論としては公共サービスの実施について定める公共サービス法の対象たる「公共サービス」(public service)を意味するという解釈、運用が実務上行われてきた。そのため、結果的に広範囲の公共関連の事業に「外資40%以下」の規制が及ぶと解されていたところである。
改正法は、「公共サービス」と「公益事業」を概念的に区別したうえ、「公共サービス」の一部に「公益事業」が含まれると整理し、「公益事業」に該当するもののみが「外資40%以下」の規制の対象となることを明確化した。さらに、「公益事業」に該当する事業を具体的に列挙してその範囲を明確化した。具体的には以下のものが列挙されていれる。
- 配電、送電
- 石油、石油製品輸送パイプラインシステム
- 水道パイプラインシステム、廃水パイプラインシステム(下水パイプラインシステムを含む。)
- 港湾
- 公共交通車両(Public Utility Vehicles: PUV)
この結果、「公共サービス」に該当する事業であっても、上記「公益事業」に該当しないもの、例えば通信(但し下記参照。)、運送(PUVを除く。)、鉄道等の分野については、外資による100%参入が可能になると解される。
また、改正法では「重要インフラストラクチャー」という概念が導入されている。「公共サービス」のうち、フィリピンに不可欠でありその操業不能、損傷が国家安全保障に悪影響を及ぼすシステム及び資産を伴うもので、以下のものを含むとされている。
- 通信(受動通信塔設備等、付加価値サービスを除く。)
- 不可欠なサービスとして大統領が指定するもの
「重要インフラストラクチャー」に該当する事業については、外国投資家の本国において当該事業に係る同等の権利がフィリピン国民に認められている場合には、外資100%での参入が可能とされている(いわゆる相互主義)。かかる相互主義がない国からの投資の場合は、外資は50%以下に制限される。
また、外国政府等が支配する者による「公益事業」、「重要インフラストラクチャー」への投資は禁止されている。
以 上
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(さかした・ゆたか)
2007年に長島・大野・常松法律事務所に入所し、クロスボーダー案件を含む多業種にわたるM&A、事業再生案件等に従事。2015年よりシンガポールを拠点とし、アジア各国におけるM&Aその他種々の企業法務に関するアドバイスを行っている。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業、Duke University, The Fuqua School of Business卒業(MBA)。日本及び米国カリフォルニア州の弁護士資格を有する。
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