インドネシア:贈収賄規制違反により法人が処罰された初の事例(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 福 井 信 雄
1. 総論
インドネシアで事業を行う場合、未だ当地で蔓延る汚職の問題を完全に避けて通ることは難しい。15年前から汚職撲滅委員会(通称KPK)による精力的な汚職事案の摘発が行われてきており、贈収賄を犯した場合の摘発リスクは年々高まっている一方で、実務においては未だに公務員側からの大小様々な賄賂の要求がなされることは珍しくなく、現場の責任者にとっては難しい局面に直面することも多いと思われる。
インドネシアの汚職摘発の実務においてこれまで特徴的だったのは、法人がその処罰の対象になることはなく、一貫して個人が対象となっていた点である。そして個人に対して刑事罰が科される場合、初犯でも実刑の禁固刑が科されることが一般的であることから、インドネシアの国内法上はどちらかというと個人が負うことになる刑事リスクの高さがより強く認識されていた。ところが、2019年1月、インドネシアで初めて贈収賄規制違反に基づき法人の刑事責任を問う判決が下級裁判所において出された。これまで長く続いていた実務を変更する重要な判決であることから、インドネシアの贈収賄規制及び法人の刑事責任に関する制定法の枠組みと合わせて本稿で概説する。
2. 贈収賄規制の枠組み
公務員の汚職の処罰について定めた法律が汚職撲滅法(1999年法第31号(2001年法第20号による改正を含む。))である。同法は、公務員及び政府機関(state apparatus)の汚職行為及びこれらの者に対する贈賄行為を処罰する。ここにいう「公務員」には、その定義上、公務員法上の公務員のほか、中央政府又は地方政府から給与を得ている者、中央政府又は地方政府から支援を受けている企業から給与を受けている者(国営企業や地方公営企業の役職員等)、国又は地方政府の資金又は設備を使用している組織・機関から給与を受けている者(インドネシア中央銀行やインドネシア大学の役職員等)も含まれることになるので注意が必要である。「政府機関」には、大統領、大臣、国会議員など高度の権能を有する者が該当するとされている。
賄賂の対象である「金品」には、現金のほか、物、割引、飲食接待、コミッション、無利子貸付、旅行券、宿泊施設、旅行、無償医療行為、アテンド行為その他の便宜が含まれる。賄賂に該当し得る金額についての定めはないため、形式的には少額の金銭の供与であっても贈収賄の構成要件には該当し、いわゆるファシリテーションペイメントに関する免責・除外規定は存在しない。
なお、金品の供与を受けた公務員又は政府機関は、金品の受領から30営業日以内に汚職撲滅委員会に対しその受領報告を行うことが義務づけられており、KPKはかかる報告から30営業日以内に、かかる金品の供与が社会的儀礼の範囲内のものとして許容されるか否かについて審査を行い、許容されると判断された金品は受領者に帰属し、許容されないと判断された金品は国庫に所属する。かかる報告義務を履行した場合、KPKに報告した公務員又は政府機関は収賄に関する罪に問われることはないものの、かかる金品を提供した側も同様に贈賄の罪を免れることになるかどうかについては法律上明確ではないことに注意が必要である。
ただし、汚職撲滅委員会の利益供与の制限に関するガイドライン(2017年回状)において、親族間の利益供与、冠婚葬祭等の社会的儀礼の範囲内の利益供与など一定の合理的と考えられる利益供与については、汚職撲滅委員会への報告を要しない利益供与の類型が定められている。
汚職撲滅法上、贈賄の主体は、「何人も」という表現で必ずしも自然人に限定されていない。また、法人に対して刑事罰が科される場合には、罰金刑のみが科され、ただし、その罰金額の上限は最大3分の1増加されるという趣旨の規定が置かれており、法人に対する処罰も想定された法制度になっている。しかしながら、実務上は、これまで法人に対して刑事責任が問われることはなかった。
つづく