SH4176 自己株式取得・処分信託の会計上の理論的考察――第4回(完) 分配可能額の考え方 中村慎二(2022/10/27)

組織法務監査・会計・税務

自己株式取得・処分信託の会計上の理論的考察
―第4回(完) 分配可能額の考え方―

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業

弁護士・公認会計士 中 村 慎 二

 

 連載第2回第3回では、自己株式取得・処分信託(本稿では、「利益獲得目的とは異なる目的で発行会社の株式を取得しその後すべて処分する」類型の自益信託をいう。)による発行会社株式取得および株式処分ならびに信託が保有する発行会社株式に対する配当の会計処理を取り上げた。連載最終回となる本稿では、これらの会計処理を採用した場合の分配可能額への影響に関する私見を述べる。

 

1 分配可能額の計算の考え方 

⑴ 論点の所在

 自己株式取得・処分信託に関する財源規制、つまり分配可能額への影響は法的論点である。しかし分配可能額の計算は株式会社の会計帳簿・計算書類を基礎とするため、会社が採用した会計処理の影響を受ける。そのため、自己株式取得・処分信託の会計処理として連載第2回において紹介した第1法と第2法のいずれを採用するかによって分配可能額の計算結果に差が生じる可能性がある。したがって、自己株式取得・処分信託の会計処理の方法と関連する会計上の論点を整理したうえで、分配可能額の計算への影響について改めて法律問題として検討する必要がある。

 本稿では、個別論点として (i)分配可能額の計算に反映させる「自己株式の帳簿価額」の範囲および(ii) 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対して剰余金の配当を実施した場合の分配可能額への影響に関するものを整理する。

⑵ 自己株式の帳簿価額

 分配可能額の計算上、その計算時点(通常は、発行会社が実施したいと考えている剰余金の配当の効力発生日時点)における「自己株式の帳簿価額」が控除される(会社法461条2項3号)。会計上、自己株式の取得等はその都度会計処理され、自己株式の帳簿価額が増減するため、決算を待たず事業年度の途中で分配可能額の計算に影響を及ぼす点に注意が必要である。

 もう一つ注意すべき点として、分配可能額の計算上、自己株式の取得によって分配可能額が減少するが、自己株式の処分は(決算を経なければ)分配可能額に影響を及ぼさないように設計されている[1]

 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式が会計上「自己株式」であると考える場合、具体的な会計処理方法によって分配可能額の計算に差が生じる可能性がある。本稿ではこれまで論じてきた第1法と第2法を例に検討する。この場合、いずれの方法を採用するかによって次の2つの原因から差異が生じる。

 第1の差異は自己株式の取得が自己株式の帳簿価額に反映される時期の違いである。

 第1法では信託による発行会社株式の取得を、その都度発行会社自身による自己株式の取得とみなして会計処理するため、事業年度の途中(取得時点)において自己株式の帳簿価額が増加し、その時点で分配可能額の計算に反映される(分配可能額が減少する)。

 これに対して、第2法では自己株式の計上は期末の総額法による取込みによって行われるため、事業年度の途中で自己株式の帳簿価額は変動しない。事業年度の途中で信託が発行会社株式を取得しても、その影響は(少なくとも)当該事業年度の決算日まで反映されない。

 第2の差異は信託による発行会社株式の処分による影響の有無である。

 第1法は、信託による発行会社株式の処分は発行会社自身による自己株式の処分とみなす。上記のとおり、発行会社自身による自己株式の処分は分配可能額の計算に反映させない。その結果、決算をするまでは、分配可能額の計算上は、信託による発行会社株式の取得による自己株式の帳簿価額の増加(分配可能額の減少)のみが考慮される。

 これに対して、第2法では期末時点で信託が保有する発行会社株式の限度でしか自己株式を認識しないため、期中に信託が自己株式を取得した後、期末前にこれを処分すれば、両者の影響が相殺されたのと同一の効果が生じる。その結果、計算方法によっては、あたかも自己株式の処分が決算日に分配可能額の計算に反映される可能性がある。

 これらの会計処理の特性を踏まえたうえで分配可能額の計算方法を検討する必要がある。なお、分配可能額の計算の解釈は、冒頭に紹介した自己株式規制の適用(あるいは類推適用)に関する法的解釈と密接に関連しているため、全体を通して首尾一貫性のある法的理論構成が欠かせない。

 たとえば、自己株式取得・処分信託による発行会社株式の取得について会社法上の自己株式取得規制が適用(または類推適用)されるという法律専門家の見解が、分配可能額の計算上も自己株式取得・処分信託による発行会社株式が発行会社自身による自己株式と同じように取扱われるべきであるという意味であれば、第1法の会計処理に基づく分配可能額の計算が合理的である。もっとも、そのことが、会計処理として第1法を要求する趣旨なのか(つまり、分配可能額の計算上の「自己株式の帳簿価額」に反映させるためには自己株式の取得の会計処理を期中に行うことが必要なのか)、それとも「自己株式の帳簿価額」は会社法上独自に解釈できると考え、第1法以外の方法で会計処理されたとしても分配可能額の計算上は第1法が採用されたものとみなすのか、または、形式上の分配可能額の計算は実際の会計処理方法に依存するものの、第1法で計算された分配可能額を超える水準で剰余金を配当することは財源規制違反となる可能性があるという理論構成とするか、様々なバリエーションが考えられるため、法的理論構成を十分に検証する必要がある。

 連載第2回掲載の設例の事例の会計処理が分配可能額に及ぼす影響は図表1のとおりである。

 

 図表1 連載第2回掲載の設例の会計処理が分配可能額に及ぼす影響

  第1法
(発行会社と信託を一体とみなす)
第2法
(信託を独立とみなして期末に総額法)
⑵ 本信託によるA社株式の取得
(X1年8月)
△500 (*a)
⑷ 本信託におけるA社株式の売却時
(X1年11月からX2年3月)  
0 (*b)
⑸ A社の決算時
(X2年3月末)
0 (*c) (*g) △200 (*d)
   20 (*e)
△320 (*f)
△500 (*g)

(*a) 自己株式の帳簿価額の減少(会社法461条2項3号)。下記の仕訳の枠囲み部分参照。

  (借) 自己株式 500
    (貸) 信託預金 500

(*b) 以下のとおりで分配可能額に影響しない。

 ・自己株式の減少   300(会社法461条2項3号)
 ・自己株式処分差益    20(会社法446条2号)
 ・自己株式処分対価 △320(会社法461条2項4号)
 関連する仕訳を再掲すると以下の通り。
 (借) 信託預金 320(=自己株式処分対価)
   (貸) 自己株式     300
     自己株式処分差益   20

(*c) 費用は決算を通じてその他利益剰余金に組み入れられることにより、決算確定後に分配可能額にマイナスの影響を及ぼす。

(*d) 自己株式の帳簿価額の減少(会社法461条2項3号)。下記の仕訳の枠囲み部分参照。

 (借) 自己株式 200
   (貸) A社株式 200

(*e) 自己株式処分差益(会社法446条2号)。下記の仕訳の枠囲み部分参照。

 (借) A社株式売却益 20
   (貸) 自己株式処分差益 20

(*f) 本稿では、可能な限り第1法に合わせる計算方法が適切と考え、総額法による取り込み時点で「自己株式の処分対価」320が分配可能額に反映されるという考え方を示した((*b)参照) 。この結果、分配可能額への影響は△500となり、期末時点で第1法と同じとなる。しかしこれとは違う考え方も十分に存在する。たとえば次の2通りが考えられる。

  1.  [α]  総額法は資産・負債・収益・費用を取り込むだけの会計処理であり、「自己株式処分対価」という期中の取引まで(その属性を含めて)取り込むことは予定されていない(信託決算において自己株式処分対価が報告されるわけではないため)。このように考えると、分配可能額の計算上自己株式処分対価の控除は不要で、分配可能額への影響は△180にとどまるという見解も一応考えられる。
  2.  [β]  総額法による取り込みが決算整理仕訳であると考えれば、有価証券の評価損益の計上と同時に行われる。この点を重視すると、総額法による会計処理は決算が確定するまでは分配可能額に影響せず、決算が確定した後で下記(*g)の影響が生じるのみと解することも一応考えられる。

(*g) 決算が確定するといずれの会計処理方法によっても決算確定後の分配可能額の計算は同じになる。いずれの方法によっても、決算日の貸借対照表(の純資産の部)が同一となるためである。なお、ここで決算確定とは、分配可能額の計算上の「最終事業年度」(会社法446条)が「X1年3月末」から「X2年3月末」に更新されることをいう。  

純資産の部の項目 影響額 会社法の関連規定
その他資本剰余金 20 会社法446条1号 会社計算規則149条3号
その他利益剰余金 △6 会社法446条1号 会社計算規則149条4号
自己株式 △200 会社法461条2項3号
合計 △186  

 

⑶ 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当

 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対して剰余金が配当されるとした場合、その剰余金の配当が以後の分配可能額の計算に及ぼす影響については必ずしも明確ではない。

 連載第2回に述べたとおり、第1法を採用し、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当を(発行会社と信託を一体とみて、発行会社と信託の間の資金の移動にすぎないことから)会計上無視できると考えた場合、当該配当に関する「その他利益剰余金」が減少しないため、分配可能額の計算に影響しない[2]

 これに対して、第1法を採用するが、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当を会社法上の「剰余金の配当」として取扱い、「その他利益剰余金」の減少を認識しなければならない場合、かかる「その他利益剰余金」の減少に伴い分配可能額が減少する(会社法446条6号イ参照)。しかし、信託側での配当金の受領に伴う「その他利益剰余金」の増加を分配可能額の増加として認めるための根拠条文が明確ではない。そのため、「その他利益剰余金」の減少のみが分配可能額に反映され、「その他利益剰余金」の増加は分配可能額に反映されないという結論となる可能性がある。これは第2法を採用した場合も基本的には同様である。

 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する配当は信託外の第三者に流出することはなく、信託の終了時に発行会社に交付(返還)されるのであれば、かかる配当は債権者に対する責任財産を減少させるわけではなく、財源規制をかける必要がないようにも思われるが、実際に分解可能額の計算に関する諸規定をどのように解釈しあてはめるかは法律問題として慎重に検討する必要がある。

 連載第3回掲載の設例の事例の会計処理(配当に関する部分のみ)が分配可能額に及ぼす影響は図表2のとおりである。

 

 図表2 連載第3回掲載の設例の会計処理(配当に関する部分のみ)が分配可能額に及ぼす影響

会計処理方法 第1法
(発行会社と信託を一体とみなす)(※)
第2法
(信託を独立とみなして期末に総額法)
信託への配当を無視する場合 信託への配当を会計処理する場合

分配可能額への影響

0

(理由)仕訳なし

 

 

△20

(理由) 会計処理は次のとおり

 (借) その他利益剰余金 20
   (貸) 現金預金 20

 (借) 信託預金 or 受取配当金 20
   (貸) その他利益剰余金 20

第1の仕訳の「その他利益剰余金」の減少20は、分配可能額を20減少させる(会社法446条6号イ)。

第2の仕訳の「その他利益剰余金」の増加20は、同額の分配可能額の増額を認める根拠の規定が見当たらない。

(※) 本文に述べたように、第1法においては「信託への配当を無視する場合」が該当するが、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する剰余金の配当を会社法上の「剰余金の配当」として取扱い、「その他利益剰余金」の減少を認識しなければならない場合には第2法と同様「信託への配当を会計処理する場合」にあてはめる必要がある。そのため、第1法のもとでは分配可能額への影響につき両方の考え方が存在する。

⑷ 保守的な対処方針

 仮にこれらの法律問題につき明確な結論が得られない場合であっても、自己株式取得・処分信託の設定それ自体が問題というわけではなく、保守的な配当方針を採用することによって法律上のリスクを回避することは十分可能である。

 たとえば、上記の論点では会計処理として第1法、第2法のいずれを採用するか、またそれぞれの会計処理を前提とした場合に分配可能額の計算上控除する「自己株式の帳簿価額」をどのように解釈するかにかかわらず、第1法に基づく分配可能額に沿って剰余金の配当の限度額を確定するという方針を自主的に採用する方法が考えられる。ただしこれは実際に第1法の会計処理を採用することを要求するものではない。

 また、基本的に信託が予定していた発行会社株式の取得を完了し、(市場の状況に応じた)段階的な処分を開始すればこの問題は生じない(図表1参照)。そこで、簡便的に、信託が予定していた発行会社株式の取得を完了した後段階的な処分を開始するまでに終了する事業年度については当初信託金銭のうち発行会社株式の取得資金に充てられる額(自己株式として計上される可能性がある最大値に相当する)の全部を分配可能額の計算上控除しておけば安全である。換言すれば、当初金銭信託した時点でその資金は遅かれ早かれ株主に対して還元されることが確定しているわけであるから、さらに別の剰余金の配当の原資としてあてにしないということである。

 次に、上記の論点については、結局のところ、保守的に、自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に対する配当を分配可能額の減少として取扱う方針が安全であると思われる。自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式に配当請求権を認めるということは、剰余金の配当の文脈では当該株式を他の株主が保有する株式と区別しないと割り切ったに等しい。そのため、分配可能額の計算上も通常の株主に対する剰余金の配当と区別しない方が整合的である。信託に対する配当金が実質的には委託者兼受益者である発行会社に帰属するという点は、保守的な観点からの分配可能額の計算上は度外視して自主的な配当制限を課しておくことが無難であろう。

 

2 本連載の結びに代えて 

 本連載では、緩衝信に関する法的論点整理の先例を参考に、自己株式取得・処分信託に関連した会計上の問題を考察した[3]。特に

  • 自己株式取得・処分信託が保有する発行会社株式を発行会社の会計処理上自己株式として計上する時期は信託による発行会社株式取得時(第1法)と期末(第2法)のどちらが好ましいか(連載第2回3参照)
  • 信託が保有する発行会社株式に対する配当金が全体として発行会社の収益として認識されないことが妥当であると考える場合、その会計処理の合理性をどのように説明するか(連載第3回1参照)

という点は、会計上難しい論点であるばかりか、会社法上の規制(特に財源規制)の観点から採り得る会計処理に一定の制約が生じる可能性がある。また、一定の会計処理を採用した場合、それを分配可能額の計算に反映させた結果を分析し、その妥当性を会社法の観点から検討する必要がある。

 このように、自己株式取得・処分信託に関する会計処理は、自己株式取得規制の適用についての法的論点を解決した後、それと矛盾のない会計処理を考察したうえ、その会計処理に基づく分配可能額を考察するというように「法律問題⇒会計問題⇒法律問題」という順番で整理していく必要がある。

 紙面の都合上、本連載は会計上の論点の紹介にとどまったが、今後利用の機会が高まると思わる緩衝信をはじめとする自己株式取得・処分信託の経済実態に適合した会計処理と開示がなされるよう、関係する専門家の研究・分析が発展することを期待するとともに、拙稿が今後の読者の皆様の議論のたたき台となれば幸いである。

以 上



[1] 郡谷大輔=和久友子編著『会社法の計算詳解〔第2版〕』(中央経済社、2008)308頁、343頁参照。

[2] 連載第3回脚注[7]で述べたように、このような会計処理を容認することは、少なくとも信託に対する配当については分配可能額を超過しても会社法461条1項に違反しないという判断をしたことになる可能性がある。そのため、このような会計処理の可否は会計問題と同時に法律問題である。

[3] 法律問題に跳ね返らないその他の会計問題(主に注記関連)については別の機会に委ねたい。

 


(なかむら・しんじ)

弁護士・公認会計士/アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー
1999年東京大学法学部卒業。2000年弁護士登録、2006年公認会計士登録、2008年公認内部監査人登録、2009年米国イリノイ州公認会計士登録。2008年米国イリノイ大学会計学修士号取得、2010年CFA協会認定証券アナリスト認定。2011年7月~13年7月金融庁総務企画局(現:企画市場局)企業開示課に出向。2016年日本アクチュアリー協会正会員。
主な著作として、『新しい株式報酬制度の設計と活用――有償ストック・オプション&リストリクテッド・ストックの考え方』(中央経済社、2019)、『株式実務担当者のための会計・金商法・税法の基礎知識』(商事法務、2021)。

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