SH4308 最新実務:スポーツビジネスと企業法務 女性活躍とスポーツビジネス(3)――企業活動との関わりも念頭に 加藤志郎/フェルナンデス中島 マリサ(2023/02/08)

組織法務サステナビリティ

最新実務:スポーツビジネスと企業法務
女性活躍とスポーツビジネス(3)
―企業活動との関わりも念頭に―

長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎

フェルナンデス中島法律事務所
弁護士 フェルナンデス中島 マリサ

 

(承前)

2 スポーツにおける女性活躍

⑶ 女子スポーツの発展
  1.   ア 急成長を遂げる女子スポーツ
  2.    ここ数年、女子スポーツは世界的に著しい成長を遂げており、かつてない注目を集めている。
     民間調査会社であるYouGovが2022年に行った調査によれば、全世界で調査対象とされたスポーツファンのうち、「男子スポーツよりも女子スポーツを好んで観戦している」と回答した割合は、55歳以上では僅か16%にとどまったのに対し、18~24歳では44%、25~34歳では40%を占めた[15]。国によってばらつきはあるものの、全体として見ると若い世代ほど女子スポーツに関心を持っていることが窺える。
     日本国内においても、女子プロバスケットボールリーグ「Wリーグ」のほか、2021年に女子プロサッカーリーグ「WEリーグ(Women Empowerment League)」、2022年に女子プロソフトボールリーグ「JDリーグ(Japan Diamond Softball League)」が開幕しているほか、女子野球の競技人口が近年増加しているなど、女子スポーツ発展の流れはあるが、以下では、日本の先を行く欧米に目を向ける。
     
  3.   イ 欧米で発展する女子スポーツの例(女子サッカー・WNBA)
  4.    欧州サッカー連盟(「UEFA」)によれば、2022年7月に開催されたUEFA Women’s EURO 2022の全世界における累計ライブ視聴者数は、前回2017年大会の1億7800万人の2倍以上となる、大会史上最多の約3億6500万人であった[16]。同大会は英国で開催されたが、イングランド代表女子チームのグループステージ各戦及びドイツ相手に戦った決勝戦のチケットは全て完売した。これには、イングランドにおける女子プロサッカーの最上位リーグであるWomen’s Super League[17](「WSL」)の知名度の高まりが一役買っているとの指摘がある[18]
     2021年3月、英国内の有料放送大手であるSky Sportsと英国国営放送BBCがWSLの放映権を3シーズンおよそ2,400万ポンド(当時のレートでおよそ36億円)で獲得する歴史的な契約が締結され、プライムタイムにWSLの試合が放送されることとなった[19]。その後、2022年4月時点で、Sky SportsでのWSLの累積視聴者数は600万人に達しており[20]、WSLのファンが増え[21]、WSLで活躍する選手の知名度が高まったことが、イングランド代表女子チームへの関心につながったと言われている。さらに、同大会でイングランドが優勝したこともあり、2022年9月に開幕したWSL 2022/2023シーズンは好調な滑り出しを見せ、開幕戦のリバプール対チェルシー戦は最大40万人以上がテレビ視聴し、第3節のアーセナル対トッテナム戦は47,367人がスタジアム観戦し、どちらもリーグ歴代記録を更新した[22]
     米国女子プロバスケットボールリーグであるWNBAも、かつてから人気のある女子リーグであったものの、近年さらに人気が急上昇している。米国の大手テレビ放送局におけるWNBAの2022年レギュラーシーズンの視聴率は、過去14年間で最高であり、その視聴率の上昇に伴い、前年比で、WNBAのソーシャルメディアの動画視聴は36%増加、WNBAリーグ・パスのout-of-market service[23]加入者数は10%増加、グッズ売上は50%増加した[24]。WNBAに所属するチームの平均価値は今や約4,375万米ドルとも言われ、これは、イングランド男子プロサッカーリーグで、プレミアリーグの一つ下のディビジョンである、EFLチャンピオンシップの上位10位以内のチームと同程度とされる[25]
     
  5.   ウ 米国における男女同一報酬を巡る訴訟
  6.    近年の米国では、スポーツのあらゆる面における男女格差是正の動きが加速している。特に大きなインパクトをもたらした事例として、女子サッカーの米国代表選手らが、男子サッカーの米国代表選手と同等の賃金や待遇を求めて、訴訟まで争ったケースがある。
     女子米国代表は、2015年、2019年のW杯を連覇するなど、競技成績においては大きく男子米国代表を上回っていたにもかかわらず、米国サッカー連盟から支払われる報酬額は男子に比べて圧倒的に少なかった[26]。女子代表選手らは従前からその是正を叫んでおり、2016年には賃金差別として雇用機会均等委員会に申立てを行い、2019年には、構造的な男女差別が存在するとして米国サッカー連盟を相手取った訴訟を提起した。
     その後、2020年4月には連邦地方裁判所が女子選手らの訴えを認めない判断を下すなどしたが、最終的に、2022年2月に当事者間で和解がなされ、今後の報酬基準を基本的に男女同一とすることや、連盟が選手らに2400万ドルを支払うことが合意された。金額的には選手らが求めていた6700万ドルには届かず、全面勝利とはいかないものの、概ね選手側の実質的勝利と捉えられている。そして、2022年5月には、実際に男女の米国代表の報酬額を平等とする内容の労働協約が男女の選手会と連盟との間で締結された。
     
  7.   エ 米国合衆国憲法におけるTitle IX
  8.    米国スポーツにおける男女平等を語る上では、教育における性差別を禁止するために1972年に成立した連邦法であるTitle IX(Title IX of the Education Amendments of 1972)の存在を欠かすことはできない。Title IXは、「合衆国におけるいかなる者も、連邦政府の財政援助を受けている教育プログラムまたは活動において、性別に基づき、参加や利益の享受を拒否されまたは差別されてはならない」[27]と定めている。すなわち、連邦政府の財政援助を受けている教育機関(事実上ほぼ全ての大学が含まれる)においては、スポーツに関連する点を含め、男女の機会均等が保証されており、また、Title IXに違反した場合には、連邦政府の財政援助を打ち切ることができるとされている。これにより、教育機関におけるスポーツへの女性参加率の飛躍的な上昇等、米国の女子スポーツの発展に大きく寄与したと言われている。
     近年、全米トップ大学により競われるNCAAバスケットボールトーナメントでの男女の待遇の格差が注目されたことをきっかけに[28]、学生スポーツにおける男女格差が改めて議論となり、トーナメントを統括する全米大学体育協会(「NCAA」)は、男女格差問題の徹底的な外部調査を法律事務所に依頼した。その後に公開された報告書では、NCAAの構造や文化がいかに男女間の格差を生み出してきたかが詳らかにされ、その改善のためのさまざまな提言がなされた[29]。その後、2022年3月のトーナメントでは、毎年3月に全米が熱狂することを捉えたアイコニックな“March Madness”とのブランディングを男子のみではなく女子にも使用することなど、早速、男女格差是正のための数々の施策が採られた[30]
     
  9.   オ スポンサー企業のメリット
  10.    女子スポーツの人気の拡大に伴い、スポンサー企業からの注目も増加している。たとえば、国際サッカー連盟(「FIFA」)、UEFA及びワールドラグビーが保有する女子スポーツイベントにおいて、男子スポーツとのパッケージではない独自のスポンサーシップが、2021年には前年比で146%増加したとされている[31]
     女子スポーツをスポンサーするメリットはさまざまであるが、前記の通り、企業がリーチしたい若い世代の関心が高いことに加え、男子スポーツに比べるとまだまだ資金面に課題がある中でのスポンサーの存在は大きく、それを反映してファンのスポンサーに対するロイヤルティも高いと言われている。また、新規のリーグ等が多く、既存のステークホルダーが少ないなど、スポンサーとしての新規参入やより深い関係性の獲得のチャンスが大きいこともあげられる。
     さらに、企業として、より大局的に、女子スポーツのスポンサーシップを、男女格差等の社会問題の解決への取組みと位置付けるケースもある。たとえば、世界最大のビールメーカーであり、スポーツのスポンサーシップの取引金額においても全米トップクラスであるAnheuser-Busch InBev社は、2021年8月、そのビール銘柄の一つであるMichelob ULTRAに関して、広告では男女の選手を必ず同程度起用すること等を通じて、今後5年間において女性スポーツの認知向上のために1億ドルの支援を約束すると公表した[32]。さらに、2022年2月、同社は、別のビール銘柄のBusch Lightに関して、従前スポンサーしてきたNASCARにおいてトップレベルの女性ドライバーがいないという男女格差を是正するため、女性ドライバー支援のための“Accelerate Her”プログラムを立ち上げ、3年間で1000万ドルのスポンサーシップを約束した[33]。もし日本でも企業がこのような画期的な取組みを実施すれば、先駆的であり、インパクトは大きいように思われる。
     
  11.   カ 今後の課題とスポンサー企業の関わり方
  12.    女子スポーツの主役は女子アスリートであり、多くのファンやスポンサーを引き付けて女子スポーツを盛り上げ、発展させるには、彼女らが最良のパフォーマンスを発揮できる環境づくりが必要である。その観点から、リーグ・チームや中央競技団体その他のスポーツ団体においては、女子アスリートが何を必要としているのかを認識し、その成長を支援するような条件設定及び制度構築を行うことが重要となる。たとえば、WNBAは、2020年の団体協約で、報酬全体の53%増に加えて、有給出産休暇、不妊治療や養子縁組に関する費用補助、旅行条件の改善等を合意した[34]
     スポンサー企業としても、前記オで述べたような取組みを含め、スポンサーシップを通じて女子スポーツの発展に貢献しうる。特に、企業がスポンサーシップの対象を選定する際に、対象とするスポーツにおける男女格差の是正状況や女性の活躍ぶり等(たとえば、男子と比較して正当な報酬等が支払われているか[35]、男子と比べて不当な差別がないか、女性役員や女性指導者が一定割合存在するか、その他女子アスリートが活躍しやすい環境が整っているかなど)をより重視すれば、その企業としてESG経営や社会課題の解決への取組みをアピールできるのみならず、経済的なインセンティブによりスポーツ界の変化が促され、女性活躍の大きな後押しともなることで、win-winの関係になりうるのではないだろうか。
     また、企業が女子アスリート個人をスポンサーする場合についても、近年の米国では、スポーツアパレル企業によるスポンサーシップ契約において、妊娠・出産中の出場機会減少や成績低下を理由としたスポンサーシップ料の減額や契約解除はしない旨が合意されるケースも増えている[36]。女性の活躍推進の世界的な潮流に沿ったアレンジであり、日本におけるスポンサーシップ契約においても、検討に値する内容と考えられる。
 

(4)につづく

 


[15] YouGov “Global Sports 2022: Uncovering the Socially Responsible Sports Fan” 20-22頁

[16] UEFA “Women’s EURO watched by over 365 million people globally” (2022年8月31日) <https://www.uefa.com/insideuefa/news/0278-15ff73f066e1-c729b5099cbb-1000–365-million-people-watch-euro-2022/>

[17] 日本代表でプレーをする長谷川唯選手や岩渕真奈選手もWSLの所属チームでプレーをしている。

[18] Sam Carp “‘This is a mega event in everyone’s eyes’: How Women’s Euro 2022 is setting a new benchmark for engagement and commercial activity” SportsPro (2022年7月6日)<https://www.sportspromedia.com/analysis/womens-euro-2022-england-uefa-the-fa-ticketing-sponsorship-strategy/>

[19] また、WSLの放映権はこれまで男子サッカーの放映権とセットで販売されていたが、今回初めてバラ売りされたことで、放映権収益の大部分はWSL及びその下位リーグの間で分配されることとなり、女子サッカーを普及・発展させるための画期的な財源となっている。

[20] Sam Carp “Sky Sports’ WSL numbers “better than expected” as average audience hits 125k” (2022年4月26日) SportsPro<https://www.sportspromedia.com/news/sky-sports-womens-super-league-tv-ratings-audience-viewership/>

[21] BBCが2021年及び2022年に調査会社を通じて行った調査によれば、「女子サッカーの大ファンである」と回答した人の数は、2022年に3倍に増加したとのことである。“Women’s sport fandom is growing in the UK” (2022年11月8日) <https://www.bbc.com/sport/63457021>

[22] Half Time「女子サッカーは「10億ポンド(1600億円)ビジネス」に。イングランド女子リーグWSLチェアが抱負」(2022年10月25日)<https://halftime-media.com/news/leaders-wsl/

[23] out-of-market serviceとは、特定の試合やイベントが放送されなかった地域の視聴者向けに、当該試合やイベントを放送するサブスクリプション・サービスの一種を指す。

[24] Shawn Medow “WNBA boasts of business success for 2022 regular season” Sport Business Media (2022年8月17日) <https://media.sportbusiness.com/news/wnba-boasts-of-business-success-for-2022-regular-season/>

[25] The Sports Consultancy=BDO UK “Catching the rising tide – investing in women’s sport” 5頁

[26] たとえば、女子代表選手らの訴状によれば、親善試合20試合を全勝したと仮定した場合の報酬額が、男子は1試合あたり平均1万3166ドルに対し、女子は1試合あたり最大4950ドルとのことである。また、実際にも、男子が2014年W杯でベスト16に入った際のチームへのボーナスが総額540万ドルだったのに対して、女子が2015年W杯で優勝した際は総額172万ドルだったとのことである。Anne M. Peterson “Women’s national soccer team players sue for equitable pay” AP News (2019年3月9日) <https://apnews.com/article/89de09f63ae14574b38ffb58974dc8b5>

[27] “No person in the U.S. shall, on the basis of sex, be excluded from participation in, be denied the benefits of, or be subjected to discrimination under any education program or activity receiving Federal financial assistance.”

[28] 2021年3月のトーナメントにおいて、オレゴン大学の女子選手がTikTokに投稿した男女のウェイトルームの比較ビデオが全米でバズを生み、その他にも、食事、コロナ対策、プロモーション等のさまざまな面で、女子の出場選手が男子に比べて不平等な扱いを受けていることが次々と取り上げられるに至った。

[29] Kaplan Hecker & Fink LLP <https://ncaagenderequityreview.com>

[30] Billy Witz “Her Video Spurred Changes in Women’s Basketball. Did They Go Far Enough?” The New York Times (2022年3月15日) <https://www.nytimes.com/2022/03/15/sports/ncaabasketball/womens-march-madness-sedona-prince.html>

[31] Nielsen Sports “Fans are changing the game: 2022 global sports marketing report” 16頁

[32] “Michelob ULTRA Commits $100 Million to Support Gender Equality in Sports” Anheuser-Buschプレスリリース(2021年8月26日) <https://www.anheuser-busch.com/newsroom/2021/08/michelob_ultra_commits_100_million_to_support_gender_equality_in_sports/>

[33] “Busch Light ‘Accelerate Her’ Program Will Sponsor Every 21+ Woman Driver In Nascar” Anheuser-Buschプレスリリース(2022年2月14日) <https://www.anheuser-busch.com/newsroom/2022/02/busch-light-accelerate-her-program-will-sponsor-women-in-nascar/>

[34] Michael McCann “Analyzing the WNBA’s New CBA Deal and What It Means for the Future of the League” Sports Illustrated(2020年1月14日)<https://www.si.com/wnba/2020/01/14/wnba-cba-labor-salary-raise-players-association >、WNBA Collective Bargaining Agreement第10条等参照 <https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/WNBA-WNBPA-CBA-2020-2027.pdf>

[35] YouGovが行った前記の調査では、全世界で調査対象とされたスポーツファンのうち、68%が「アスリートの報酬は性別ではなく、そのスキルに基づくべきである」と考えており、51%が「FIFA女子ワールドカップの優勝者は、男子のFIFAワールドカップの優勝者と同じ賞金を獲得する」ことに賛成し、56%が「テニス大会の賞金は男子と女子で同額とする」ことに賛成している。前掲注15・YouGov 23頁。

[36] Chris Chavez “Nike Removes Contract Reductions for Pregnant Athletes After Backlash” Sports Illustrated(2019年8月16日)<https://www.si.com/olympics/2019/08/16/nike-contract-reduction-pregnancy-protection-athlete-maternity-leave>

 


(かとう・しろう)

弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。

2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

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(ふぇるなんですなかじま・まりさ)

日本語・英語・スペイン語のトライリンガル弁護士(日本)。2018~2022年長島・大野・常松法律事務所所属、2022年7月からはスポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー等を広く取り扱う。

 

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