◇SH1805◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(67)―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑩ 岩倉秀雄(2018/05/01)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(67)

―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑩―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、行動規範遵守宣誓への署名及び従業員相談窓口について述べた。

 行動規範遵守宣誓への署名は、予め内容をよく説明し理解を得た上で、経営トップが率先して署名し、全社的に実施する必要がある。特に、経営トップのコンプライアンスに対するコミットメントの強さを示す機会として、大企業よりも、むしろ中小企業・ベンチャー企業のほうが大きな効果を生むと思われる。

 従業員相談窓口は、組織がリスクを早期に発見して自浄作用を働かせるために設置するが、その基本は、相談者、関係者の秘密保持と不利益扱いの禁止である。また、仕組みが有効に機能するためには、経営トップ以下の組織のコンプライアンス意識が高いことであり、そうでない場合には、通報は外部に行われやすい。

 今回は、まとめと残された課題について考察する。

 

【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑩:まとめと残された課題】

1. まとめ

 我が国の企業の大部分を占める中小企業やベンチャー企業の最大の特性は、大企業のように多方面からのチェックが働かない組織であり、迅速・果敢な意思決定が可能な反面、企業の存続・発展あるいは滅亡に関しては経営者の力量に依存する割合が大きいということにある。

 したがって、中小企業・ベンチャー企業の経営者の意識をどうすればコンプライアンス重視の組織文化の形成に向かわせることができるのかが最大のテーマになる。

 これまでは、中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンスの特徴を、次の通り考察してきた。

  1. ⑴ 競争の激しい分野に存立するために、経営者が自らコンプライアンス経営に注力し手本を示さなければ、利益のために、コンプライアンスが後回しにされる危険がある。
  2. ⑵ 経営者のウエイトが高いので、経営者がその気になればコンプライアンスは浸透しやすいが、その気にならなければコンプライアンスの浸透は難しく、最悪の場合、経営者主導で不祥事を発生させやすい。
  3. ⑶ 大企業に比べ、資金・人材・時間的余裕が少なく、コンプライアンスの専門家を組織内に抱える余裕も少ないので、社内に専門家を抱える人的余裕が少なく、コンプライアンス担当者は兼務になりやすい。そのために、担当者の負荷が大きいので、外部の専門家のサポートが必要である。
  4. ⑷ 経営管理体制が確立されておらず、経営者の意思決定へのチェックが働きにくいので、コンプライアンスについての経営者の直接的な影響が、大企業以上に大きい。
  5. ⑸ 経営者と従業員との距離が近く、経営者と従業員あるいは従業員同士の家族的で濃密なコミュニケーションがとられやすい反面、ルールの策定や遵守に対する厳密さが弱くなりやすい。
  6. ⑹ 中小企業・ベンチャー企業では、競争の激しい分野で特殊専門的な業務を行っている場合が多く、その業界が変則勤務や長時間労働などが常態化している業界であれば、競争に勝ち抜くために当該企業も無理をしなければならないケースが多い。したがって、そのような業界に属する中小企業・ベンチャー企業は、大企業に比べコンプライアンスを組織内に浸透させるために、相当な努力をしなければならない。
  7. ⑺ 特に、ベンチャー企業では、組織文化の創生期にあるため経営者の姿勢次第でコンプライアンス経営の組織文化を形成しやすい。
  8. ⑻ 中小企業・ベンチャー企業は、大企業に比べて専門部署を設置する余裕がないので、外部専門家や業界・公的機関の研修を活用するほか、一時的にでも集中的に体制構築を行うなどの工夫が必要である。

2. 残された課題

 中小企業・ベンチャー企業の最大の課題は、上述したように経営者のウエイトが高いことから、(大企業でもそうだが)いかに経営者に高いコンプライアンス意識を持たせることができるかにある。

 社会全体としては、ソフトローの視点から法律で直接規制を強化するのではなく市場がその企業の存続をセレクトする仕組みを構築すれば良いという見方もあるが、個々の企業にとっては、不祥事の発生により市場にセレクトされた後に立ち直ることは難しい。

 セレクトされる前にコンプライアンスを組織内に浸透・定着させて市場によるセレクトの俎上に乗らないことが重要である。

 これまで、本稿では、経営者の意識が低い組織のコンプライアンスについて、「基本的に経営者が自ら変わる必要性を認識しない限り経営者を変えることは難しい」ものの、ステークホルダーのパワーを活用することにより経営者に影響を与える方法について考察した。

 コンプライアンスを組織文化に定着させるためのキーは経営者にあるが、残された課題の一つは、罰則強化やステークホルダーのパワーの活用以外にどんな方法があるかである。

 また、近年、大企業ではCSR経営戦略が実行段階に入りつつあるが、筆者は、中小企業こそ昔から地域に密着し雇用や地域社会の維持・発展に重要な役割を果たしてきと考えることから、中小企業がコンプライアンス経営を確立した後に独自のCSR経営戦略をどう展開するのかということも、今後の重要な課題になると考える。

 最近注目されている「ふるさと創生」も、その担い手の中心は地域の中小企業・ベンチャー企業であり、本稿でも今後の研究テーマとして取り上げる。

 

 次回からは、組織間関係論をベースに企業グループのコンプライアンスを考察する。

 

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