◇SH1989◇法務省、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(相続法の改正) 平井 太(2018/07/25)

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法務省、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(相続法の改正)

岩田合同法律事務所

弁護士 平 井   太

 

 平成30年7月6日、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号。以下「本法律」という。)が成立し、同月13日に公布された。本法律の施行期日は、公布の日から1年を超えない範囲内において政令で定める日とされており、現時点では施行日は未定である。

 本法律による改正内容は、配偶者の居住権を保護するための方策の新設、遺産分割等に関する見直し、遺言制度に関する見直し、遺留分制度に関する見直し、相続の効力等に関する見直し、相続人以外の者の貢献を考慮するための方策に関するものなど多岐にわたるが、本稿では、相続財産である預貯金債権についての遺産分割前の払戻しに関する制度(以下「本制度」という。)について解説したい。

 

 相続財産である預貯金債権については、従前、判例により、各相続人が相続と同時に法定相続分に応じて分割・単独取得し、遺産分割の対象とならないものと解されていた。もっとも、このような解釈にもかかわらず、金融機関においては、原則として、相続人単独による払戻しには応じず、遺産分割の成立や全相続人の同意をもって払戻しに応じるという対応がとられていたため、前記解釈と金融機関の実務に乖離が生じていた。

 そうしたところ、最高裁判所は、平成28年12月19日決定(民集第70巻8号2121頁)により前記解釈を変更し、相続財産である預貯金債権につき、相続と同時に当然に分割・単独取得されることはなく、遺産分割の対象となる旨判示した。同決定により、相続人単独による払戻しに応じないという金融機関の対応が、判例法理との整合性を得る結果となった。

 

 前記判例変更により、遺産分割成立等の事情がなければ相続財産である預貯金債権の払戻しが法的に認められなくなった一方で、相続人には、その生活費や被相続人の葬儀費用の支払、相続債務の弁済など、相続開始後早期に資金需要が生じやすい事情は依然として異ならない。そこで、本法律により創設された本制度の趣旨は、このような資金需要に柔軟に対応できるよう、同預貯金債権のうち一定額については、遺産分割成立等の事情を待たずして払戻しを認めるという点にある。

 本法律による改正後の民法909条の2は、各相続人が、相続財産たる預貯金債権のうち一定額につき、単独でその権利を行使することができる旨を定め、さらに、かかる規定により権利行使された預貯金債権については、当該相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす旨規定している。これにより、各相続人は、遺産分割が成立する前であっても、金融機関に対し、相続財産たる預貯金債権のうち一定額については単独で払戻しを求めることができ、金融機関はこれを拒むことはできない。

 なお、かかる一定額については

相続開始時の預貯金額×3分の1×当該相続人の法定相続割合

と規定されている(ただし、法務省令で定められた金額が上限とされている。同上限額は現時点では未定である。)。

 例えば、相続財産として1,200万円の預貯金債権が存在し、配偶者及び子2人の相続人がいるという下図の事例では、配偶者につき200万円、子につき100万円の範囲において、金融機関に対し、それぞれ単独による払戻しが認められる。

 

 本制度の創設により、金融機関は、前記判例変更を理由として遺産分割成立前であるからといって当然に払戻しを拒むことはできなくなり、今後は、各相続人からの単独での払戻請求に応じる義務が生ずる。この点、今後、金融機関においては、払戻しに応じなければならない範囲を確定するため、より一層注意して相続人の範囲等を把握すべきことになると思われる。すなわち、本制度に基づく権利行使の上限金額は、当該権利行使を行う相続人の法定相続分に影響されるところ、相続人の範囲を見誤り、法定相続分を誤解したまま払戻しに応じた場合などには、金融機関の落ち度により単独での払戻しが認められる範囲を超えて払戻しに応じたなどとして、他の相続人から当該払戻しは無効である旨主張され、金融機関が二重払いの危険に晒される可能性が否定できない。

 遺産分割協議や調停などを経ている場合には、相続人の範囲についてもある程度慎重に精査がなされているのが通常であると考えられるが、これらを経ていない場合には、相続人の範囲が曖昧なまま、各相続人から単独で払戻し請求がなされることも想定される。相続案件において、金融機関としては、相続人の範囲及び権利行使をする相続人の法定相続分に誤りがないかなどをより一層慎重に精査するといった対応が必要になるものと思われる。

以 上

 

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