◇SH2153◇弁護士の就職と転職Q&A Q56「法律事務所選びで『適正規模』も考えるべきか?」 西田 章(2018/10/22)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q56「法律事務所選びで『適正規模』も考えるべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 Q45「新興事務所に参画するメリットはどこにあるか?」を読んでくれたアソシエイトから、「大手や外資からスピンアウトした事務所はブラックですね」という感想をいただくことが何度もありました。学生から回り道なく弁護士登録を迎えた若手に「成熟した一流事務所に入る=勝ち組」という感覚が広まっていて、Q45はその考えを追認するものと受け止めてくれたようです。

 しかし、現在、大手法律事務所の業務を支えている現役パートナー世代は、別に「安定している」という理由で、事務所選びをしたわけではありません。むしろ「この事務所はまだまだ拡大しそう」という、その成長性に賭けた結果として、今の地位を獲得しています。

 

1 問題の所在

 法律事務所の適正規模は何人か。それは、事務所経営上の最大の難問のひとつで、様々な意見が交わされてきました。有力な見解のひとつに「3の倍数説」があります。つまり、「パートナーひとりが、アソシエイト2人を食わせられるだけの仕事を確保すること」を1単位として、それが何単位できるか? で事務所の適正規模が変わってくるとする説です。

 「3の倍数説」によれば、「アソシエイトがひとりパートナーに内部昇進する毎に、1単位分の規模の拡大が求められる」と言われます。1単位分とは「パートナー昇進者が抜けた穴を埋めるアソシエイト1名+新規パートナー自身が雇うアソシエイト2名の合計アソシエイト3名の追加採用」です。そして、その成長性(規模の拡大)が続く限り、パートナーになったときのアップサイド(アソシエイトを稼働させてタイムチャージを請求する、というレバレッジを効かせたビジネスモデルの成果)を享受できる、と言われていました。

 ただ、現実には、「各パートナーが満遍なくアソシエイト2名分の仕事を確保する」というわけではありません。数十人のアソシエイトを動員できる大型案件を受注してくるレインメーカーもいれば、パートナーになってからも、「アソシエイトを使わずに、ひとりで仕事をする」という職人タイプもいます。また、「パートナーになってからも、先輩弁護士の下請けを続ける」というキャリアパスも現れています(「パソシエイト」と呼ばれることもあります)。しかし、「パートナー1:アソシエイト2」という比率で、それまでの収益性が確保されていたのだとすれば、その比率が下がるほどに、「アソシエイトによるレバレッジを効かせたビジネスモデル」が成立しなくなり、パートナーになってからも「自己稼働部分に応じた歩合給」に近い水準へと下がって行くことが懸念されます。

 

2 対応指針

 「ローファームのパートナーとして経済的に成功したい」という野心があるアソシエイトにとっては、「自分は、所属事務所で上から何番目のシニア・パートナーになれるか?」を予測しておくことは重要です。「成熟している事務所」では、自分がパートナーに昇進する数年後には、「適正規模」を超えて、「パートナー:アソシエイト」の比率が崩れている(もはやアソシエイトの稼働を梃子にした収益を期待できなくなっている)からです。そのため、「まだ成長を続けて、自分がシニア・パートナーになった後に成熟期を迎える事務所」を選ぶべきです。

 ただ、「そのような成長性がある事務所がどこにあるか?」を見極めるのは、外部からは困難であることも事実です。とすれば、まずは、「成熟した事務所」で腕を磨きながら、そのような事務所の移籍先を探す、又は、自ら独立して事務所を作ることができる時機を待つ、という選択肢もあります。

 もっとも、「法律事務所は拡大すれば、サービスの質が下がる」という批判は根強く存在します。自らの専門分野に関する知見を深めて、職人的な技を磨くことを優先するキャリアを追求することも尊敬されています。

 

3 解説

(1) 「上から何番目のシニア・パートナーになれるか?」

 私が、司法研修所を修了して、1999年に入所した渉外事務所は、当時、弁護士60名規模でした。仮に、私までの弁護士が全員パートナーに昇進したとすれば、私は「上から60番目のパートナー」になります(引退や退職を考慮していません)。この段階で、「3の倍数説」に従って、「パートナー1:アソシエイト2」という比率を求めるならば、事務所は、「パートナー60名:アソシエイト120名」(合計180名)という規模まで成長できることが、「パートナーとしての経済的旨味」を享受できる条件となります。私の修習生時代には、日本に「100名事務所」は存在していませんでしたので、「弁護士180名の事務所」というだけでも想像がつきませんでした。しかし、その後、事務所の大規模化は進み、180名どころか、400名を超える弁護士を抱える事務所が5つも現れています。

 では、「400名事務所」に、これからアソシエイトとして入所する際に、「自分がパートナーになるまで成長を続けられる事務所を想像できるか?」は、また一段と難しい問題です。仮に、自分がパートナーになるまでに、自分より上の年次に、転職又は引退して、事務所を去る弁護士が50名いるとすれば、自分は「上から350番目のパートナー」を目指すことになります。ここで「パートナー1:アソシエイト2」という比率を求めれば、「パートナー350名:アソシエイト700名」という「弁護士1050名事務所」まで大規模化してくれなければなりません。事務所のマネジメントを信じられるかどうか以前に、「日本のリーガルマーケットに『1000名事務所』を必要とするほどの成長を見込めるか?」という問題に直面します。

(2) 事務所の拡大と経営方針

 法律事務所の経営形態は、ざっくり言えば、「ワンマン事務所」、「経費を共同する事務所」、「経費だけでなく、収入も共同する事務所」の3タイプに分けられます。このうち、「ワンマン事務所」においては、ボスが「大規模化したい」と願えば、経営方針は定まります。あとは、「そのボスが何人の弁護士を束ねるほどの営業力と人望を兼ね備えているか?」で適正規模が定まります。

 次に、「経費を共同する事務所」においては、パートナー毎に「自分の業務にとっての適正規模」が異なります。職人的なアドバイスを主にするパートナーにとっては、「見習いアソシエイト」はコスト要因です。訴訟パートナーにとっても「3人もいれば、訴訟代理人はできる」と考えがちです。他方、トランザクションや不祥事調査を得意とするパートナーは、「大型で緊急性を要する案件のためには、10名規模が必要だ」と考えることになります。

 また、「経費だけでなく、収入も共同する事務所」においては、パートナーは「各自の売上げ」だけでなく、「事務所全体としての収益」にも重要な利害を持ちます。そのため、「自己の仕事に関係ないから」という理由で拡大を否定する必要はありませんが、「過度な成長がリーガルサービスの質の低下を招くリスクはないか?」「アソシエイトの教育が間に合うのか?」「案件の谷間に無駄な人件費を生じさせないか?」という点からの慎重な意見は示されます。

(3) ブラック事務所か? 成長株か?

 Q45は、「新興事務所はブラック事務所である」という印象を与えてしまいました。確かに、「『暇な事務所』が成長する」ということはありません。依頼者から仕事を貰えるから、弁護士を増やすニーズが生まれて、弁護士が増えるほどに、依頼者から大規模・緊急案件も受注できるようになり、処理能力を上げるために、更に弁護士を増員する、という循環によって事務所は成長していきます。

 「成熟した事務所」というのは、「シニア・パートナーが成長を求めていない事務所」「現状維持を是認している事務所」とも言い換えられます。既に経済的成功を収めたシニアにとってみれば、「これ以上に働いて稼いでも、大半を税金に持って行かれるだけ」「慣れない仕事に手を出したら、弁護過誤のリスクも増える」ので、事務所の拡大を目指すよりも、節税対策をするほうが合理的なのかもしれません。

 それだけに、今の事務所の規模に満足せずに、「もっと事務所を成長させたい」「大手事務所の創業者世代がなしたことを、自分たちも自分たちの手で実現したい」というビジョンを持った共同事務所は貴重です。もし、そのような事務所に巡り会えたならば、「ハードワーク=搾取される」ということではなく、「まだ上からX番目のシニア・パートナーになれるチャンスがある事務所かもしれない」という観点からの挑戦も検討してみてもらいたいです。

以上

 

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