◇SH2188◇弁護士の就職と転職Q&A Q59「予備試験合格組のキャリアのベストシナリオとは?」 西田 章(2018/11/12)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q59「予備試験合格組のキャリアのベストシナリオとは?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 今年も、予備試験の合格発表があり、合格者433名(特に大学在学中の170名)を対象として、企業法務の一流事務所がウインタークラークへの参加を呼びかける採用活動がスタートしました。確かに、予備試験合格組(特に在学中合格者)は、新卒採用(第二新卒を含む)では有利に選考を進めてもらえるため、キャリアを順調にスタートさせることができます。しかし、「予備試験合格組の特典」は数年で消尽され、その後、「弁護士の評価」は依頼者が下していくことになります。永続するものではない「特典」をどう生かすか、にセンスが問われます。

 

1 問題の所在

 「弁護士としての資質」は、「パートナーとしての資質」と「アソシエイトとしての資質」に大別されます。「パートナーとしての資質」は、「依頼者から信頼を得て案件を受任する営業力」に代表されるものであり、「アソシエイトとしての資質」は、「パートナーから信頼されて案件を下請けする業務処理能力」に代表されます。この点、「予備試験合格組」には、「アソシエイトとしての資質」が高いことが推認されます。俗っぽく言えば、「一夜漬けでも定期試験で90点を取れる」というイメージです(予備試験二桁順位合格者は「一夜漬けで定期試験95点を取れる」というイメージです)。これは、締切りに追われる中で、一定の質を保ったアウトプットを出すことが求められる企業法務の実務を担う上でも有益な資質です。そのため、数十人単位の新人を採用する大規模事務所においては、一定数の予備試験組を確保したくなるのは当然です。

 また、新人を1〜2名しか採用しない中小事務所においても、司法試験合格発表前に内定を出すためには(司法試験に落ちるリスクが低い)予備試験合格者を狙うほうが確実です。更に、旧司法試験世代が採用担当パートナーを務めている限りは、「法科大学院を修了することにどういう価値があるのかは自分に経験がないので実感がない」「無駄な周り道をしていない分だけ予備試験合格者に親近感を抱ける」という事情も影響します。

 しかし、だからといって「パートナーとしての資質も、予備試験組のほうが高いか?」という段になれば、もはやそこに「予備試験組」というシード権枠はありません。法科大学院修了組と共に、平場で、依頼者を評価者とする競争に勝ち残らなければなりません。それが故に、「『予備試験合格』という特典が効力を保っている期間」において、どこに身を置いて何を獲得することに投資するかにセンスが問われることになります。

 

2 対応指針

 「予備試験合格組の特典」の使い方は、大別すれば、①早期に実務に出る、②実務に出る前の充電に使う、③ビジネス等に転身する、という3類型があります。

 「早期に実務に出る(①)」は、弁護士であれば、早期にパートナー昇進を果たして、パートナーとしての稼働年数を長くできる利点はありますが、「パートナーとして経済的に成功できるか?」は(予備試験合格と関係のない)「営業力」の勝負となります。他方、裁判官や検察官であれば、定年までの時間が(予備試験で短縮した年数分だけ)伸びるため、出世の機会は広がります。

 「実務に出る前の充電(②)」は、古くは「海外を放浪する」ことで人間力を磨いた例がありますが、最近では、語学、会計やITスキルを磨くことに費やすことが検討されがちです(「ビジネスセンスがある弁護士」を目指すパターンです)。

 「ビジネス等に転身する(③)」は、キャリアの軸足を「法律」からズラして、「法律に詳しいビジネスパーソン」又は「法律に詳しい官僚」を目指すパターンです。旧司法試験時代にも、司法修習に行かずに、コンサルティングファームに就職し、会社経営者側に回った例もあれば、国家公務員試験にも合格して、大蔵省等に入省した事例があります。今後は、学部卒で大企業(総合商社等)に就職して、社費留学をさせてもらって、生え抜きでサラリーマン社長ポストを目指したり、起業して、オーナー経営者を目指す事例が増えて来そうです。

 

3 解説

(1) 早期に実務に出るメリット

 学部3年次に予備試験に合格し、翌4年次に司法試験に合格すれば、法科大学院修了組よりも、2〜3年早く弁護士として働き始めることができます。例えば、35歳で大規模事務所の最年少パートナーに昇進すれば、65歳の定年まで30年間パートナーとして働くことができます。ただ、「パートナーとして長く働くこと」が幸せかどうかは分かりません(例えば、欧米のローファームでは50歳代でパートナーを引退するのが通例ですし、日本では、逆に、個人事務所で70歳、80歳を過ぎても現役で活躍される方もいらっしゃいます)。また、サラリーマンと違って、生涯賃金も(就業年数よりも)「営業力」によって大きく変動します。

 その点、裁判官や検察官のように、年功序列的な組織で上を目指すのであれば、「定年まで働ける年数が長いこと」がそのまま昇進可能性を伸ばすことにつながります。任官同期が定年でいなくなる中でも、自分は現役を続けることができれば、「さらに上」のポストを狙う可能性は生まれます(ただ、在学中合格者による任官事例が増えて行けば、「予備試験組のメリット」というよりも、「法科大学院修了組のデメリット」と呼ぶべき問題かもしれません)。

(2) 実務に出る前の充電

 「司法試験合格後、直ちには修習には行かない」という類型では、「破天荒弁護士」として有名な久保利英明先生が、バックパッカーとして新興国を放浪された事例が真っ先に思い浮かびます。そこで培われた「人間力」が、弁護士になってからの同先生の活躍につながったのだろう、と推察することができます。それに続き、「司法試験合格後に海外を巡る」という挑戦者は、50期代の弁護士にも存在していました。

 また、特定法分野についての研究者を目指して、大学の研究室に進む事例も昔から一定数存在します。そのまま研究者として歩み続ける事例もあれば、「やはり実務家になりたい」として、修士論文を書いただけで改めて研修所に入ることもあります(博士課程では、英米法だけでなく、フランス法やドイツ法の研究が求められることも多いために、外国法研究の適性がないことに気付くと、実務家になる傾向が見受けられます)。

 その他にも「公認会計士資格を取得したい」と考える者は一定数いましたが、最近では、IT、情報セキュリティや人工知能(AI)に関する知識を増やしてスキルを磨きたいと考える者が増えています。最先端技術に纏わる法律問題は、シニア層の弁護士には技術面の理解が追い付きにくい分野であるために、「既得権者がおらず、第一人者を目指せるかもしれない分野」として若手に注目を浴びています。

(3) ビジネス等への転身

 大学在学中に司法試験に合格しながら、法曹を目指さないキャリアとしては、「ビジネスに進む例」と「官僚に進む例」が典型でした。前者の例としては、冨山和彦氏(ボストンコンサルティングを経て、コンサル会社を設立し、産業再生機構のCOOに就任したことで著名になり、経営共創基盤を設立されました)や岩瀬大輔氏(ボストンコンサルティングやファンドを経て、ハーバードビジネススクールに留学し、帰国後にライフネット生命を立ち上げて、その社長に就任されました)が有名です。また、後者の例は、在学中に国家Ⅰ種にも合格し、大蔵省等に入省し、政策の企画立案に従事して活躍された方が何人もおられます(その中には、公務員としての職務を全うした後に、弁護士登録をされる例もあります)。

 現在、留学中の若手弁護士の間では、「法律事務所から留学に行くと休職中の身分で生活が苦しいが、企業派遣の留学組は給与が出るだけでなく、海外赴任手当も出るので羨ましい」とか「企業派遣のほうが現地での人脈を作りやすい」という声も聞かれます。また、「法律事務所からのインハウスへの転職組」からは、「中途採用では、大企業で社長を目指すことはできない。せいぜい法務部長止まりである」「会社で社長を目指すならば、新卒で入社して(法務畑ではなく)総合職として事業部門も経験すべきだった」という後悔の念も聞かれます。

 上記(1)や(2)のキャリアは、「予備試験合格=法律家としての素養がある」ことを前提として、それを伸ばして「法律家としての高み」を目指すために活用するものでした。これに対して、(3)は、法律家としての修行を、一旦、試験合格レベルで済んだことにしておいて、「ビジネス等で生きて行くための副次的専門性として法律の素養を活用する」又は「起業等で失敗したときのセーフティネットとして『司法研修所→弁護士』というルートを残しておく」という活用法である、と整理することができます。

以上

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