◇SH2205◇タイ:移転価格税制に関する歳入法 奥村友宏(2018/11/22)

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タイ:移転価格税制に関する歳入法

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 奥 村 友 宏

 

 昨今、タイ国内で話題となっていた移転価格税制に関する歳入法の改正が、2018年9月28日に議会において承認された。法律に至るには、国王による署名と公布を待つのみとなっており、近いうちに、法律として施行されることが見込まれている。今回は、この歳入法の移転価格税制に関する改正について、紹介したい。

 

1. 移転価格税制とは

 そもそも、移転価格税制とは、一般に、企業が海外の関連する会社との取引価格を、独立当事者間取引とは異なる価格に設定することで、利益を移転させることを防止するための税制度を意味する。

 例えば、A国(法人税率40%)にあるa社とB国(法人税率20%)にあるb社という関連会社間取引において、以下の取引が行われるとする。

 (ⅰ) a社は仕入先から1000で製品の仕入れを行う。

 (ⅱ) a社はb社に当該製品を販売する。

 (ⅲ) b社は販売先に当該製品を2000で販売する。

 このような取引の(ⅱ)において、①a社がb社に1500で販売した場合、a社の利益は500、b社の利益も500となり、②a社がb社に1200で販売した場合、a社の利益は200、b社の利益は800となる。①及び②の場合における支払が必要となる法人税は、以下のとおりとなる。

  a社の法人税 b社の法人税 法人税合計

200

100

300

80

160

240

 このように、関連者間取引における価格を調整することにより関連会社全体で見た場合に支払う法人税を減少させることができるため、このような調整を防止することが移転価格税制の目的である。

 

2. 移転価格税制に関するタイの現状

 タイの歳入法上、この改正以前においても、移転価格税制に関連する規制は存在している。具体的には、合理的な理由なく市場価格よりも低い価格での取引や対価がない取引を行っている場合、法人税やVATの計算において、当該取引が市場価格で行われたものとして課税されるという規定が設けられている。今回の改正により、導入される規制は、移転価格に関する一定の文書の提出の義務化である。この移転価格に関する文書化の義務について東南アジア諸国をみてみると、インドネシア、シンガポール、ベトナム、マレーシアなど多くの国では既に法制度化されている。このような東南アジア各国の動きもあり、タイでは文書化の義務が法制度化されたのであるが、東南アジアの近隣諸国と比較しても文書化の義務の導入はやや遅れていたといえる。

 

3. 新規制(文書化の義務)の概要

 歳入法の改正により導入されることになる新規制(文書化の義務)の概要は、以下のとおりである。

  1. ▷ 義務対象者:  事業年度の売上高が2億バーツ以上の法人
  2. ▷ 義務の内容:  ① 関連者間移転取引に関する付表の提出
            ② 移転価格文書の(歳入局の求めに応じて)提出
  3. ▷ 適用開始年度: 2019年1月1日以降開始する事業年度
  4. ▷ 罰則:     不提出又は提出書類の不備の場合、200,000バーツ以下の罰金

 上記①関連者間移転取引に関する付表とは、当該適用対象法人と取引のある関連者、その関連者との取引の内容、関連者との取引のボリュームを記載する書類で、法人税の申告書と同時に提出することが想定されている。また、②移転価格文書とは、関連者間取引価格の正当性を示す文書で、会社の概要、会社のビジネスモデル、かかる取引に適用されるべきと考える独立企業間価格の算定方法の検討等が記載されることが想定されている。なお、②移転価格文書の提出に関する義務は、歳入局から提出を求められた際に原則として60日以内(初めての提出の場合には180日以内)に提出をしなければならないという義務であり、常に作成しておかなければいけないという義務ではない。しかしながら、歳入局から求められた場合には原則として60日以内に提出することが求められ、かつ、移転価格文書は場合によっては100ページを超えるようなボリュームになる場合も想定されるところであり、その作成に時間がかかることを考慮すると、歳入局に提出を求められてから作成するというのは、手遅れとなる可能性がある、そのため、事業年度の売上高が2億バーツ以上となることが想定される法人の場合には、事前に、税理士等の専門家と協力して、移転価格文書の作成に着手する必要がある。この移転価格文書は、関連者間移転取引に関する付表の提出から5年間は歳入局から提出を求められる可能性があるため、歳入局から当該年度において提出が求められなかったとしても、その数年後に提出を求められる可能性がある。そのため、適用対象となる場合には、歳入局に提出を求められる前に、移転価格文書の作成を行っておくことが必要となる。

 現時点においては、まだ施行されていない改正であるため、文書の内容として、実務的にどのようなものが要求されることになるかは必ずしも明らかではない。施行後の運用の過程で、書面に対する当局が要求するレベルが明らかになってくると考えられるため、実務的には、実際の運用状況を確認しつつ、要求レベルに応じた対応を見極めていくことが必要となろう。

 

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