◇SH2296◇シンガポール:ベンチャー投資の契約実務 松本岳人(2019/01/25)

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シンガポール:ベンチャー投資の契約実務

~Venture Capital Investment Model Agreement(VIMA)Kitの活用~

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 松 本 岳 人

 

 ベンチャーキャピタル投資は、シンガポールを含む東南アジア地域においても広がりをみせつつある。これを受けて、シンガポールのベンチャーキャピタル協会であるSingapore Venture Capital & Private Ecuity Associsation(SVCA)のほかシンガポールの政府系ファンド、弁護士会、法律事務所などが中心となってVenture Capital Investment Model Agreements(VIMA)と呼ばれる契約一式が作成され、2018年10月に公表された。[1]

 ベンチャー投資における創業者と投資家との投資契約は、単に一株をいくらで何株引き受けるという経済条件を規定するだけでは足りず、投資家にとっては投資に関するリスク管理の観点から、投資家によるガバナンスや合理的なExitなどの条件を明確にしておくことが必要であり、適切な契約を準備することが、健全な投資の促進とベンチャー企業の成長にとっても重要となる。この点、日本においては、経済産業省の「我が国におけるベンチャー・エコシステム形成に向けた基盤構築事業」における検討に基づく「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(2018年3月)と題する報告書が公表され、ベンチャー投資に係る考え方が示されている。また、世界的な起業の聖地として名高いシリコンバレーにおいては、スタートアップアクセラレーターであるY Combinatorが提供しているベンチャーファイナンススキームであるSAFE(Simple Agreement for Future Equity)や、500 Startupsが提供しているKISS(Keep It Simple Security)といった投資の枠組みや投資契約のひな形も普及している。このように、創業者と投資家の双方にとって公平な条件となるよう配慮する形で投資契約に関する考え方が公表され、標準的な内容がひな形化されることは、投資の交渉にかける時間や手間を軽減することを可能にする意味で有益である。もっとも、これらの契約ひな型は特定の管轄における法律及び税制を前提とした枠組みの検討であることから、準拠法が異なれば、異なる視点からの検討も必要となる。

 VIMAは、シンガポール会社法に基づき設立された会社の優先株式をベンチャーキャピタルが少数株主として引き受けることを前提として、シンガポール法に準拠し、シンガポールを紛争解決地とすることを想定した契約である。主にシードラウンドやアーリーステージにおける、いわゆるシリーズAと呼ばれるベンチャーキャピタル投資家に向けて最初に株式を発行することを想定した契約として、次の6種類が公開されている。

  1. ⑴ Venture Capital Lexicon:創業者及び投資家向けのベンチャーキャピタルの重要な条件やコンセプトの用語説明集
  2. ⑵ Series A Term Sheet(Long Form/Short Form):対象会社の株式の引受けや出資後の権利義務に関する主要な条件を定めたタームシート
  3. ⑶ Series A Subscription Agreement:対象会社の株式を引き受ける条件を定める契約
  4. ⑷ Series A Shareholders’ Agreement:対象会社に関する事項並びに対象会社の株主としての投資家及び創業家の間の権利義務を定める契約
  5. ⑸ Non-Disclosure Agreement:潜在的な投資家に開示する対象会社の秘密情報の守秘義務を定める契約
  6. ⑹ Convertible Agreement Regarding Equity(CARE):シリーズAより前のシード又はアーリーステージの前段階における対象会社へのファイナンスを主に想定した契約(一定の条件のもとで投資家が株式を取得する権利を有するもの)

 これらの契約は、あくまでモデル契約であることから、案件に応じて弁護士等も関与した上で具体的な修正を加えていくことを前提としている。もっとも、創業者と投資家は、VIMAのタームシートに基づき主要な商務条件を交渉することで、後の契約への反映が容易になり、交渉のかかる手間と時間の負担を軽減することが期待される。VIMAがシンガポールにおける標準的な契約との地位を獲得するためには一定の時間を要すると思われるが、実務にあわせて定期的にVIMA自体もアップデートもされていく予定であり、今後のシンガポールにおけるベンチャー投資の契約実務の新たな展開が期待される。

以上

 

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