◇SH2221◇債権法改正後の民法の未来68 利息超過損害(3・完) 川上 良(2018/11/30)

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債権法改正後の民法の未来 68
利息超過損害(3・完)

弁護士法人大阪西総合法律事務所

弁護士 川 上   良

 

4 議論の経過

 (3) 次いで、第2読会の第38回会議で、部会資料34(16頁から18頁)にある「金銭債務の履行遅滞による損害賠償は、法定利率又はそれを超える約定利率によって定まるとされているところ(民法第419条第1項)、これを超える額の損害(利息超過損害)の賠償を認めるかどうかについては、以下のような考え方があり得るが、どのように考えるか。【甲案】利息超過損害の賠償を認めない(民法第419条第1項を維持する。)ものとする。【乙案】民法第419条第1項を削除して債務不履行の一般原則によるものとする。」との考え方については議論がなされた。ここでの議論が、利息超過損害に関する改正の当否の重要なポイントとなったので、議論の中で表れた意見を二、三紹介する。

  1. <否定的な意見>
  2. ・ 利息超過損害を否定するのは理論的におかしいという意見がある一方で、実務上、これを変えなければならないとい要請はない。少なくとも弁護士会の中では、ほぼ一致して肯定すべきという要請がない。むしろ、肯定することに対する懸念が圧倒的である。改正するだけの立法事実がないのではないか。
  3. ・ 裁判所の中でも、否定的な意見に賛成する意見が多い。金銭というのは借入れが可能なものであり、利息相当額の損害のみを認めておけば足りるのではないか。非常に多種多様な利息超過損害が考えられる中で、それをどの限度で認めるのか、どこまでは認められないのか、これ成文化することができるのかという技術的な問題もある
  4. ・ 理屈としては分かるが実際問題として、肯定すると賠償範囲が争点になり紛争が長期化する懸念がある。
     
  5. <肯定的な意見>
  6. ・ 紛争長期化のコスト・不利益というものは金銭債務に限ったことではない。
  7. ・ 実務にそういう要請がないのかということには疑問がある。賠償が問題になる局面は実際にあり、下級審の判決もあり、その下級審の判決に対する判例批評などでも肯定的な意見がある。
  8. ・ 学説で利息超過損害に肯定的な考え方が有力なのは一体なぜなのか、単に理論だけのことなのかを考えるべきである。

 以上のように、理論的な問題、立法事実の有無、実務の混乱・紛争の長期化の懸念が絡み合って激しい議論がなされた。

 (4) このような第2読会での議論を経て、中間試案では、「民法419条の規律に付け加えて、債権者、契約による金銭債務の不履行による損害につき、同条第1項及び第2項によらないで、損害賠償の範囲に関する一般原則(前記6)に基づき、その賠償を請求することができるものとする。(注1)上記(1)については、規定を設けないという考え方がある。」(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案(概要付き)」(別冊NBL143号44頁から45頁)と整理され、肯定論と否定論の両論併記の提案がなされた。

 (5) この中間試案に対するパブリックコメントでは、肯定的な見解も見られたが、否定的な意見が多く見られる状況であった(その意見の概要は、部会資料71-3の42頁から46頁)。

 その結果、最終的に肯定論、否定論の対立が解消されず、立法に熟していないと考えられ、要綱仮案の検討を行った第3読会の第78回会議において、次のようなコメントを付して【取り上げなかった論点】に振り分けられ、今回の改正の成文化は見送られことになった。

 「法定利率を超える損害が予測される場合には、当事者間で合意をすることで債権者側の保護は可能であり、このような合意がないケースにおいては、利息超過損害を認めなければ社会的正義にもとるという実務感覚はない旨の指摘、現行法は、法定利率によって定まる額の損害賠償義務を一律に課す一方で、利息超過損害については賠償義務を認めないことによって、債権者と債務者との間のバランスを取りつつ、大量に発生する金銭債務の履行遅滞に関する紛争を防止する機能を有している旨の指摘、利息超過損害の賠償を認めると、債権者が取立費用や弁護士費用など様々な名目で債務者に過酷な請求をすることになるおそれがある旨の指摘、利息超過損害の賠償請求を認めると、破産手続において多くの破産債権者が利息超過損害の発生を前提に債権届出をして破産管財人がこれらについて異議を述べるようになり、手続が長期化するおそれがある旨の指摘があった。」(部会資料68Aの43頁)。

 以上の経緯をたどって、今回の民法改正(債権関係)における利息超過損害の議論は収束することになった。

 

5 今後の指針

  1. ⑴ 上記の経過から分かるように、今回の民法改正において、利息超過損害が成文化されなかったのは、理論面から否定されたわけではない。むしろ、債権者がその立証に成功すれば、債務不履行の一般原則による賠償を認めること自体に理論的に支障がないことは、共通認識があったと思われる。利息超過損害が成文化に至らなかったのは、実務的に、これを認めなければならない喫緊の要請があるのか、かえって混乱が懸念されるのではないかという実務上の肌感覚から、時期尚早であるとして意見の一致を見なかったという点にあった。
     
  2. ⑵ したがって、今回の民法改正でも、利息超過損害の肯否について一定の方向性が示されたものではない。現に、民法(債権関係)の改正が成立した後も学説上は肯定説が通説である(潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社出版、2017年)515頁から520頁380頁に、上記部会資料68Aの43頁の取り上げなかった理由に対し詳細な反論が記述されている。平野裕之「債権総論」(日本評論社、2017年)86頁)。
  3.    利息超過損害の問題は、理論的にはこれを認めることに支障はなく、実務的な観点から成文化が見送られた経緯に鑑みると、実務家に残された課題となったというべきである。

 

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