債権法改正後の民法の未来 71
損害賠償の各則ルールほか(3・完)
大阪梅田法律事務所
弁護士 松 尾 吉 洋
4 コメント(今後の参考になる議論)
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⑴ 損害額の算定基準時について判例法理が形成されたと評価されることもあるものの、これら判例から一般化した損害額の算定ルールを定めることは困難と考えられる。また、損害額の算定ルールを条文化するとなると、相当複雑な規定になるものと想定され、実務上混乱が生じることも懸念される。したがって、この点を条文化することは、やはり困難であり、判例や解釈論の展開に委ねざるを得ないものと考える。
- ⑵ 第38回会議では、大綱的な規定として、「損害賠償額の算定に当たっては、契約が履行されていれば債権者が得られたであろう経済的地位を確保させることを内容とすべきである」旨の規定を設けることが検討された。
- これは、①上記基本的な考え方については、概ね異論がないと思われること、②大綱的なルールを明文化しても、事案に応じた柔軟な損害額算定方法を阻害するおそれは少ないと考えられること、③基本的な考え方を明文化することにより、損害額算定の判断プロセスをある程度明確化することが可能であると考えられることから、検討された。[1]
- しかしながら、債務不履行による損害賠償には、契約の履行があったのと同じ状態にするものと、契約締結前の状態に戻すものがあり、上記文言では狭きに失する。しかして、全部をカバーできるような大綱的なものでは、指針的な意味を持ち得るのか疑問であり、都合のよい結論を導くだけに使われる懸念も出てくる。だからといって、より綿密化する方向で定めることになると、大綱的な規定を設けようとした本来の趣旨と合わなくなる。そのため、大綱的な規定を設けることは難しいとの意見が大勢を占めた。
- 他方、判決文の中には、履行利益か信頼利益かを区別し、それを指針として損害項目に入るか否かを判断しているものがあり、かかる判断基準が実際に働いている以上、その手掛かりとなる大綱的な規定は、攻撃防御の指針を与えるという意味で無意味ではないのでないかという意見もあった。
- これに対しては、履行利益か信頼利益かの区別に固執し、主張や判決の中でかかる用語を使っていること自体に問題があり、それに付き合って大綱的な規定を設けることには反対であるとの意見があった。
- 弁護士の立場からすると、大綱的な規定の存在が損害額算定の主張立証の手掛かりになるという感覚は、あまりないように思われるが、損害に関する攻撃防御において、履行利益か信頼利益かという区分けに拘泥していることはないか、今一度、留意すべきところである。
以上