◇SH2420◇ベトナム:日系企業のベトナムビジネスにCPTPPが与えうる影響(1) 井上皓子(2019/03/22)

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ベトナム:日系企業のベトナムビジネスにCPTPPが与えうる影響

(1)サービス分野での市場開放にかかる諸原則

長島・大野・常松法律事務所

 

弁護士 井 上 皓 子

 

 環太平洋戦略経済連携協定「CPTPP包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(TPP11=CPTPP)」が2018年12月30日に発効し、ベトナムでも本年1月14日から適用が開始された。

 CPTPPについては、特に関税削減等の効果に注目が集まっているが、関税以外の幅広い分野においても様々な合意がなされている。特に、サービス分野においてこれまでより広い内容での市場開放が約束されたことにより、ベトナムに現在進出し、又は投資を検討している日本企業にとっては、新規投資や事業拡大の可能性が期待される。また、労働分野においては結社の自由及び団体交渉の自由が約束されたことにより、企業内で複数の労働組合が成立する可能性が示唆され、足下のビジネスにも影響が及ぶことが想定される。

 本稿では、以上の諸点において、CPTPPの発効がベトナムに進出または投資を検討する企業に与えうる影響について、特に注目すべき点を概説する。

 

1 サービス分野での市場開放にかかる諸原則

 CPTPPにおいては、各サービス分野における外資規制に関し、他国企業への出資、JV設立等の投資によって行う場合(9章)と、自国から他国へ、又は自国内で他国の者へサービスを提供する場合(いわゆるクロスボーダーサプライ。10章。ただし、金融サービス、航空サービス等は除く。)について規定する。これらについては、従来、2006年にベトナムが世界貿易機関加盟にあたり公約したサービス分野の開放に関する事項(WTOコミットメント)及び関連法令に規定された内容に拠っていたところであり、そこからの変更点が注目される。

(1) 投資及びサービスの貿易の章に関する特徴

 CPTPPでは、WTOコミットメントと同様に、内国民待遇(9.4条、10.3条。サービス提供者に対し、自国のサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を保証すること)、最恵国待遇(9.5条、10.4条。サービス提供者に対し、第三国のサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を保証すること)、及びマーケットアクセス(10.5条。サービスを提供するにあたり、数量等の制限を課したり、特定の事業形態に制限しないこと)の原則が採用されている。その一方で、以下の点について、WTOコミットメントとは異なるアプローチを採用している。

  1. a. 新たな原則の採用
  2.   CPTPPは、上記の原則に加え、投資については投資家に対する特定の措置の履行要求の禁止(技術移転要求やライセンス契約に関するロイヤリティ規制の禁止等。9.10条)と投資対象企業の経営幹部にかかる国籍制限の禁止(9.11条)の原則を、クロスボーダーサプライについては現地拠点の非強要(10.6条)の原則を規定した。これらはいずれもWTOコミットメントでは明確に謳われていなかったものであり、自由化を一歩進めたものと理解される。
     
  3. b. ネガティブリスト方式の採用(9.12条、10.7条)
  4.   CPTPPは、開放される市場分野につき、ネガティブリスト方式を採用した。すなわち、すべてのサービス及び投資分野を原則として自由化の対象とし、上記の原則が適用されず、何らかの規制を課す分野や規制措置については別途附属書(現在留保にかかる附属書Ⅰ及び包括留保にかかる附属書Ⅱ。9章・10章の両方について同じ附属書が適用される。)に列挙される。
  5.   従来のWTOコミットメントでは、ポジティブリスト方式、すなわち、開放する分野とその内容について個別に列挙する方式を採っており、記載のない分野については開放するか否かはベトナム政府の裁量によるとされ、また規制の内容が不透明な状況であった。今回、CPTPPではネガティブリスト方式を採用したことにより、附属書に明記されていない内容については外資規制が課されないことが明確になった。これにより、手続きの透明性が向上し、法的安定性や予見可能性が高まることが期待される。
     
  6. c. ラチェット条項(9.12.1(c)条、10.7.1(c)条)
  7.   附属書に規定した規制措置は、各国がその判断で協定発効後に内容を変更することが可能だが、その場合でも、発効時点で採られている措置よりも後退させる(自由化の程度を悪化させる)ことはできない(ラチェット条項。ちなみにラチェットとは、一方向にのみ動くよう設計された歯車を指す。)。
  8.   ただし、締約国中ベトナムに関してのみ、この条項の適用が発効後3年間に限り留保される(附属書9-I、10-C)。すなわち、今後3年間は、90日前までの通知により、現在附属書に列挙されている規制措置よりも後退した(外国投資家にとって不利な)規制に改正される可能性がある。もっとも、その場合であっても、改正時点ですでに事業の設立・拡張のための資本供給や許認可の申請等、具体的な行動を採っていた場合には、その際に依拠していた権利・利益を撤回することは認められない。これは、例えば、これまで外資100%の企業に開放されていた分野について、協定発効後に外資の出資比率70%を上限とする規制に改正した場合であっても、改正前にすでに許認可申請を行っていた外資100%企業については、外資70%という新たな規制を適用してはならないということを意味するものと理解される。

 

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