◇SH2589◇租税における公平の実現(10) 饗庭靖之(2019/06/07)

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租税における公平の実現

第10回

首都大学東京法科大学院教授・弁護士

饗 庭 靖 之

 

第3 租税公平主義から国際的な租税回避を防ぐための課税制度

3 課税の執行体制整備の問題

(1) 海外への資金移動と国外財産についての報告義務

 デジタル化された商品の販売行為は消費地を中心に認定し、多国籍企業を、世界の消費者に対して商品・サービスを提供する企業活動としてとらえて、国境を越えて財・サービスを供給する外国企業の事業者に対して課税の執行をしていくための体制を整える必要がある。そのために最も必要なことは、税務当局が的確に納税義務の存否を把握することである。

 税務当局が納税義務の存否を把握するための制度としては、納税者に納付すべき税額の申告の義務が課され、納税義務を負う者は、租税職員の質問・検査の対象となり、計算書の提出義務が課されている。

 また、納税義務がある者と取引関係のある、銀行などの第三者も、租税職員の質問・検査の対象となり、計算書や支払調書の提出義務が課されている。

 国内居住者が、外国に送金して、取引によって資金を移動し、その結果所得を得るとき、わが国の課税当局は、所得を知ることができる必要がある。

 日本の課税当局は、金融機関等を通じて100万円超の国内外送金のなされる国際取引そのものを把握し、国境を超える資本の移動を把握する。

 国内居住者が外国の銀行に送金する事実は、国外送金等調書により把握される(内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律4条)。国外送金等をする者は、その氏名・名称・住所等を記載した告知書を金融機関の営業所に提出しなければならず、金融機関の営業所は、住民票の写し等により告知書提出者の本人確認を行い、取り扱った顧客の国外送金等のうち100万円をこえるものについて、顧客の氏名・名称・送金額等を記載した調書(国外送金等調書)を所轄税務署長に提出する義務がある。

 さらに、日本の課税当局は、国内居住者が外国の銀行に送金したお金を取引によって資金を移動し、その結果所得を得る事実を把握するため、5000万円を超える国外財産を有する場合は、氏名・名称・国外財産の種類、数量及び価額等を記載した調書(国外財産調書)を所轄税務署長に提出する義務が課されている(法5条)。

 米国のIRS(内国歳入庁)は、外国の金融機関と契約を結び、外国金融機関に口座を有する米国人の情報を提供させ、非協力口座については30%の源泉徴収税をペナルティとして課しており、わが国も同様の情報把握手段を持ちうる可能性を検討する必要がある。

(2) 質問検査権の強化

 税務当局が、国内で、租税債権の確定のために質問検査権を行使する場合において、納税義務者が質問検査の行使を拒否、妨害したときは、罰則を科すことや、情報提供の協力義務違反を理由に推計課税等により課税処分を行うことができる。

 しかし、税務当局が国外で質問検査を行ったとき、問題点としては、納税義務者の海外支店または取引先等が質問検査を拒否する場合に、日本の行政罰は適用できず、情報取得のための強制権限を有しない。

 質問検査権に強制力を裏打ちしている検査不協力に対する処罰規定は、現行法では国外に及ばず、国外に所在する居住者等(内国法人を含む)または非居住者等(外国法人を含む)およびそれらの支店等(恒久的施設)に対して及ばない。

 しかし、質問検査権を実効あらしめるため、国外に所在する居住者等(内国法人を含む)または非居住者等(外国法人を含む)およびそれらの支店等(恒久的施設またはこれらと取引関係にある国外の取引先等に対して、質問検査を拒否、妨害したときは、罰則を科すことの検討も必要と考えられる。

 租税公平主義の実現のためには、課税権の行使のための質問検査について行政罰につき、属地主義を、行為者が国外にいようとも法を適用する保護主義に転換することを意味するが、その可能性は検討されるべきだと考えられる。

(3) 政府間の税務情報の交換

 国は、国際法上、他国の領域において当該他国の同意を得ずに公権力の行使を行うことはできない。したがって、他国の領土内で、臨場調査、租税犯則調査その他の調査は実施できない。このような措置が他国で必要である場合、当該他国の行政共助又は司法共助を要請することとなる。

 政府間の税務情報の交換により、納税義務者の居住国における実効的な課税を実現することは、租税公平主義の実現にとって重要であり、そのような政府間の税務情報の交換を深化させることは重要と考えられる[1]

 EUは、預金利子の支払者が非居住者に関する一定の口座情報を、支払者所在地国の当局に報告し、当局は居住地国の当局に自動的に情報提供することを推進している。

 一方、米国は、外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)により、米国人が保有する国内金融資産の把握を目的として、外国金融機関に対して内国歳入庁との間で契約を締結して、米国人が保有する金融口座の特定及び同口座に関する一定の情報の報告を行うよう求めている。それとともに、その代替措置として、外国金融機関がその所在する国の当局に口座情報を提供することや、外国金融機関は、米国人が保有する金融口座の特定及び同口座に関する情報の報告を促進する措置を内容とする政府間協定締結が進められている。

(4) 徴収共助への体制整備

 また、国際的な企業活動を、財・サービスの提供地を中心に課税していく税制に切り替えていくためには、財・サービスの提供がされる者が居住する国が、課税権を有することとなるが、その租税債権の徴収を、企業の本拠所在国の税務当局に依頼できる仕組みが整備されることが必要であり、租税債権の徴収を外国の税務当局に依頼する徴収共助の体制整備のため、租税に関する相互支援に関する条約を進展させる必要があろう。

 


[1] 吉村政穂「国際課税における金融口座情報の共有体制の確立」金子宏ほか編『租税法と市場』(有斐閣、2014)

 

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