◇SH2668◇フィリピン:フィリピン競争法委員会が企業結合を認めなかった事例 箕輪俊介(2019/07/16)

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フィリピン:フィリピン競争法委員会が企業結合を認めなかった事例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 箕 輪 俊 介

 

 2019年2月12日、フィリピン競争法委員会(the Philippine Competition Commission)(以下、「PCC」という。)は、製糖業者の統合に関する企業結合の届出に対し、市場の独占を導く虞があるとして、かかる統合を認めない旨の判断を下した。PCCが企業結合を認めなかった事例としてモデルケースの一つとなり得るため、本稿にて紹介したい。

 

事案の概要

 製糖事業を有する食品事業者であるUniversal Robina Corporation(以下、「URC」という。)は、砂糖及びその関連製品の製造販売会社であるCentral Azucarera Don Pedro, Inc. (以下、「CADPI」という。)及びその親会社であるRoxas Holding Inc.(以下、「RHI」という。)より、製糖及び砂糖の精製を行う工場及びその運営に必要な資産並びにその工場の所在する土地を取得すること(以下、併せて、「本取引」という。)を企図していた。RHI及びCADPIとしては、当該資産売却により得られる資金によりRHIグループの財務状況を改善させることを考えており、URCはこの資産取得を通じて自らの事業を拡大することを考えていた。本件の当事者は、本件の取引についてPCCにその是非を問うため、2018年6月1日に企業結合の届出を行った。

 

争点

 当該統合が関連市場において競争を著しく妨害、制限又は減少させることがないか(主にサトウキビ農家の競争環境が著しく悪化しないか)が争点となった。

 

判断枠組み

 PCCはその判断にあたり、以下のような判断枠組みを用いる旨述べている。

  1. ⑴ 市場の確定:消費者や取引関係者にとって本取引に関連する製品に代替する製品があるか、消費者や取引関係者はどの地域でこれらの製品を取得できるのかを考慮し、製品分布と地理的な範囲を以て市場を確定する。
     
  2. ⑵ 競争環境:本取引のない状態の競争環境と、仮に本取引が成立したと仮定した場合の競争環境を比較する。
     
  3. ⑶ 考慮要素:検討にあたり、以下の要素も総合的に考慮する。

    1. ・ 関連市場の構造
    2. ・ 市場における関連当事者の位置づけ・影響力
    3. ・ 関連市場内外での現状又は今後の関連当事者間の競争状況
    4. ・ 関連市場における消費者が市場で当事者が提供する製品に代替する製品を利用できたり、サプライヤーが代替する者との間で取引ができたりする可能性
    5. ・ 参入障壁の高さ

 

あてはめ

 上記の判断枠組みにつき、PCCは本件に関して以下のようなあてはめを行っている。

  1. ⑴ 関連市場:まず、両当事者の競業する事業の範囲は製糖過程におけるサトウキビからの①原料糖の製造、②原料糖の販売、③原料糖からの精製糖の製造、④精製糖の販売及び⑤糖蜜の販売であると認定している。これらのうち、①原料糖の製造はサトウキビ農家が関連するところ、サトウキビが傷みやすく遠距離への輸送が難しいことから、関連市場はサトウキビの原産地に近いバタンガス州及びその周辺のラグナ州等に限定している。②原料糖の販売、③原料糖からの精製糖の製造、④精製糖の販売及び⑤糖蜜の販売は本取引により競争が阻害されないものと予測されるから本件で検討の対象とするべき関連市場からは除いている。その理由として、例えば⑤糖蜜の販売は本取引により主として影響を受ける者は卸売業者・小売業者及び消費者であるところ、卸売業者・小売業者及び消費者がこれらを取得できる市場がフィリピン国内全土に及ぶため、例え両当事者が事業を統合したとしても代替可能な製品を他の業者から入手できるであろうから、本取引により競争が阻害され得ないであろうことが挙げられている。
     
  2. ⑵ 競争環境:本取引を通じてURCは関連市場においてサトウキビ農家との間の取引条件を一方的に決定する権力を得てしまう虞があり、具体的には、(i)サトウキビ農家と精糖業者との間の生成された原料糖の分配の割合、(ii)サトウキビの原料糖の製造量・製糖効率の見積もり(サトウキビ農家への引渡し量は、実際の原料糖の製造量ではなく、この製造量の見積もりに応じて決定される傾向にある)及び(iii)サトウキビ農家へ付与するインセンティブという、サトウキビ農家との間の主要な取引条件の全てにおいて決定権を持ってしまう可能性があるため、サトウキビ農家の競争環境を著しく悪化させる虞があると認定している。
     
  3. ⑶ 考慮要素
  4.   以下の認定を行っている。

    1. ・ 他の業者が参入するにあたっての障壁は高く(製糖作業は他の設備にて代替しがたく、製造設備の準備等、参入に時間を要することも障壁を高くする一因となっている)、新規で同市場に参入する者が現れる可能性は高くない。
    2. ・ 原料糖の製造サービスの供給量は十分ではなく、他の業者が参入することにより、本取引前の競争環境を維持することは難しい状況にある。
    3. ・ サトウキビ農家が関連市場外の取引(他の穀物への転換等)に参加することは難しい。
    4. ・ 他の原産地は本件の関連市場であるバタンガス州周辺から遠く、他の地域の製糖業者が統合後のURCの市場競争力について影響力を及ぼす(一方的な権限行使に抑止力を働かせる)ことができるとは言い難い。
    5. ・ 本取引によってURCの投資効率が高まるというURCの主張は具体性に欠け、本取引により得られる利益が本取引による障害よりも価値・効用が高いという認定はし難い。

 

最終的なPCCの判断

 上記を理由に、本取引は関連市場におけるURCの唯一の競合他社であるCADPIをURCが吸収することにより、関連市場においてURCはサトウキビ農家との間の取引条件を一方的に決定する力を得てしまい、URCが独占的な権限を持ってしまうため、関連市場において競争を著しく妨害、制限又は減少させる虞があるものとし、PCCはかかる結合は認めない旨の判断をした(URCらは競争制限効果を除去する措置を提案したものの、これは競争制限効果を除去する措置としては十分な措置ではないものとして判断された)。

 

結び

 本件を通じて、PCCは、企業結合の届出がなされた場合には実質的な判断を行い、当該結合により関連市場の競争環境に著しい影響が与えられる虞がある場合には、かかる届出を受けつけない場合があることを強く示したものといえる。今後、フィリピンにおいて、競争環境に影響を与えうる企業結合を検討する場合には、当局対応(PCCにどのような説明をするのか)を含めて慎重に検討する必要があろう。

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